麦焼酎王国・大分県
大分県には全国的に知名度の高い麦焼酎の銘柄が揃っており、国内の麦焼酎の生産量に占める割合は約40%と最大。
そんな「麦焼酎王国」大分ではアルコール度数20度をストレートで飲む文化が昔から親しまれているほか、近年ではソーダ割も幅広い世代で人気となっている。
ところで麦焼酎を製造する上で根幹となる工程の1つに「精麦(せいばく)」があるのをご存じだろうか。
焼酎の原料となる麦を磨き、雑味の原因となる外層部を取り除く。米を磨いて日本酒を造るように、麦の磨き方で香りや味わいを大きく左右する。
しかし、大分にはこれまで焼酎用の麦を精麦する工場がなく県外で対応しているという状況があった。この状況を打開しようと、県内唯一の精麦工場が立ち上がった。
大分県唯一の精麦工場
臼杵市に、100年以上の歴史を刻む大分県唯一の精麦工場がある。
時代の荒波を乗り越えてきた老舗の4代目、藤澤隆典(ふじさわ たかのり)さんは今、焼酎用の精麦という新たな領域に挑んでいる。
1912年に創業した藤澤精麦工場。
100年以上にわたり、臼杵の地で麦と向き合ってきた。
4代目の隆典さんは、物心ついた頃から父親に「お前が跡取りだ」と言われ続けてきたという。
――隆典さん「いずれ会社を担う立場になるんだなということは、幼心に感じていました」
その言葉通り、家業を継ぐ運命を受け入れていた。
しかし、大分の精麦業界を取り巻く環境は決して平坦ではなかった。
食文化の変化により麦ご飯の需要が激減。
かつて県内に20軒あった精麦工場は、次々とその歴史に幕を下ろしていった。
そんな逆境の中、藤澤精麦工場は「麦味噌」の需要に着目。
味噌用の精麦へ大きく舵を切ることで、危機を乗り越えたのである。
そして1980年代、大分の麦を取り巻く環境に大きな転機が訪れる。「麦焼酎」ブームだ。
しかし、この好機を県内の精麦工場はいかしきれなかった。
――隆典さん「大分県の精麦業界は衰退期でして、麦焼酎の膨大な需要に県内の工場(設備の大規模化など)は対応できなかったという歴史があります」
ブームの中心地でありながら、焼酎用の精麦は県外の工場に託されるという事態に。
そしてついに、大分県内の精麦工場は藤澤精麦工場ただ1軒となってしまった。
4代目・藤澤隆典さんの決意
この状況に、隆典さんは特別な思いを抱いていた。
――隆典さん「大分県の精麦工場として、大分麦焼酎に何かできることがあるのではないかということはずっと思ってきました」
挑むのは、県内では対応できていなかった焼酎用の精麦という領域を切り拓くことだ。
培ってきた技術を武器に
味噌用の精麦で培ってきた技術が、次なる挑戦の武器となる。そう確信していた。
――隆典さん「今まで培ってきた技術があったからこそ、焼酎の精麦にも挑戦ができるので、満を持して挑みたいなと」
2025年、県内の酒蔵の協力を得て、ついに焼酎用の精麦を開始した。
この新たな挑戦を、3代目である父・潤三さんも見守っている。
――父・潤三さん「私が3代目ですが、次が頑張ってやろうということで、今一生懸命頑張っています。若いからいろいろあると思いますが、私は期待しています」
世代を超えて受け継いできたバトンが、新たな歴史を紡ぎ始める。
「オール大分メイド」の焼酎プロジェクト
隆典さんが見せてくれたのは、日出町の畑。
ここには、隆典さんの期待する未来が広がっている。
メーカーも海外への販路を開拓
――隆典さん「焼酎用の大麦を今作っている畑になります。ここで栽培した麦を使い、海外向けの焼酎を作るというプロジェクトが進んでいます」
地域の農業を盛り上げたいという酒造メーカーの思いとも合致し、実現に向けて動き出した。
メーカー側では、この2、3年で海外への販路もでき上がっているという。
大分県内で麦を栽培し、大分県内で精麦する。そして大分の麦焼酎を造る。
すべてを大分県内で完結できるサイクルに期待を寄せている。
――隆典さん「私が実現したかった未来の1つでもあります。早ければ来年あたりには、海外へ焼酎が羽ばたいていくと思います」
「オール大分メイド」の焼酎が世界へ羽ばたく日は、もう目前に迫っている。
強い決意
――隆典さん「私が大分唯一の精麦屋として、大分の麦味噌や麦焼酎といった麦の文化を守り、発展させることが使命です。その役割を一生かけて果たしていきたいと思っています」
100年以上に渡って技術と思いを伝えてきた大分県内唯一の精麦工場。完成が期待される「オール大分メイド」の麦焼酎の一滴にはアトツギの強い想いも注がれている。