乗客106人、運転士1人が死亡、562人が重軽傷を負ったJR福知山線脱線事故から25日で21年。
去年12月に、事故車両を永久保存する施設が完成し、遺族や負傷した人たちが訪れている。
あの日を想起させる事故現場を再現した施設。それを見た事故の当事者たちからは様々な声が聞かれた。
「試行錯誤したのが伝わってきた。きちんと事故の姿が伝わるんじゃないか」という声があった一方で、「ただ冷たい空間という感じがした。こんなんじゃないよ」と話す被害者もいた。
事故を後世に伝える役割を担う一方で、遺族にとって“慰霊の場”でもある施設。施設をどう生かしていくのかが問われている。
■「ショックを受けるかもしれない」不安を抱えて向かった負傷者・小椋聡さん
小椋聡さん:みんなどう思うんやろうな。
妻・朋子さん:なぁ。
小椋聡さん:行きましょうか、そしたら。
落ち着かない様子の小椋聡さん(56)。この日、妻の朋子さんと共に初めてJR福知山線脱線事故の「車両保存施設」を訪れることになった。
いつもの通勤電車で事故に遭った小椋さん。乗っていたのは最も犠牲者が多かった2両目でした。
小椋さんは自作の模型を使って、自分がいた場所を説明してくれた。
小椋聡さん:僕がいたのはちょうど折れ曲がった角なんです。すごく印象に残っているのは車内のポール、格子状の網、裂けた壁とか。
ああいうものが人の山の中にいっぱい突き刺さっていた。みんな動き始めると『痛い痛い』『動かないで』っていう声があちこちから聞こえてきて。

■JR西日本は“永久保存”のための施設を整備することを決めた
事故後、車両は倉庫などで保管されていましたが、2019年、JR西日本は、“永久保存”のための施設を整備することを決めた。
車内で多くの人の死を目の当たりにした小椋さんは、JRがどのような施設を作るのか、不安を感じていた。
小椋聡さん:車両を残すという判断をしたなら利用している多くの国民の皆さんに伝えるようにしていくのが彼ら(JR)の役目なのではないか。
誠実に向き合おうとしている姿勢はこれまでも感じてはいますが、どうしても私たちはこれをこうしたいという情熱を感じることはなかった。
(施設を)見た時にショックを受けるかもしれないと心配しています。

■事故車両の現物すべてが保存 大破した車両も
去年12月、「事故車両保存施設」が完成。JR西日本は、「興味本位で見られたくない」といった遺族などの声を受けて、一般には公開しないことを決めた。
報道陣を対象に設けられた取材の機会と、JR西日本が遺族と負傷者に配布した資料をもとに施設内のイメージを作成した。
1階には、事故車両の現物すべてが保存されている。

■5両目から7両目とは対照的に、大破した1両目から4両目
原形をとどめた、5両目から7両目とは対照的に、大破した1両目から4両目。
JR西日本は「復元が困難」としていて、棚に屋根などの部品が並べられている。
その隣には、ちぎれた吊革、ねじ曲がり血痕が付いたままの座席が置かれていた。

地下1階では、事故現場の一部が実際の大きさで再現されている。
レールをたどっていくと目の前に現れるのは、大きなスクリーン。その奥には、大破した車両と、激突したマンションを細部まで忠実に再現した模型が置かれている。

■小椋さん妻「よく生きて帰ってきてくれた」“一般には見せられない”思いも
事故の姿が伝わる施設になっているのか。不安を抱えながら施設に入った小椋さん。
2人が施設から出てきたのは、およそ3時間後。絞り出すように語った。
小椋聡さん:大丈夫?
妻・朋子さん:よく生きて帰ってきてくれたなと思った。
小椋聡さん:自分でも思うもんなぁ…。
久しぶりに目にした事故車両。 あの日を想起させる事故現場の再現。そこで感じたのは “現物が持つ力”だった。
小椋聡さん:(JRが)ものすごくいろんなことを試行錯誤したのが伝わってきました。彼らなりにできうる最善のことを全部やったという気がします。きちんと事故の姿が伝わるんじゃないかという施設でした。
ただ(一般の人には)見せられないという思いが半分、初めて湧きましたね。生々しいんですよ。こんなにぐしゃぐしゃになってしまう車体に私たちが乗っているのかというのを見せてしまっていいのかと。

■「ただ冷たい空間という感じ。『こんなんじゃない』と思う」と話す負傷者も
これまでに施設を見学した負傷者はおよそ60人。中には、「まだ改善すべき点がある」と考える人もいる。
3両目に乗っていた玉置富美子さん(76)。
玉置富美子さん:ここ(右上腕)がものすごく痛くなって、リハビリもしてる。だけど、夜中になったらものすごく痛くなってきて。
玉置さんは、大量の出血で一時、心肺停止の状態に。かろうじて一命を取りとめたものの、足は肉が大きくえぐれ、顔の右側は頭から顎まで、骨が見えるほど裂け、神経が断裂した。
今も週3回リハビリに通い、事故による傷と向き合い続けている玉置さんが施設を見て感じたのは、“自分がいた事故現場”との違いだった。
玉置富美子さん:(車両保存施設は)ただ冷たい空間という感じがしたんです。(事故直後の)出血どんどんしていくから息もできないし、『これで死んでいくんだろうな』という恐怖感とかが全くなくて、ただの空間。
あの時の阿鼻叫喚、みんなが『助けて』『出して』という声が耳に残ってますから、『こんなんじゃないよ』って思うんです。

■遺族にとって“慰霊の場”
事故の悲惨さをどこまで表現すべきなのか。加害企業のJR西日本は今も葛藤を抱えている。
JR西日本・倉坂社長:(事故車両は)ご家族がお亡くなりになられた場所そのものですし、おけがされた方自身がお怪我されたおつらい場所、必ずしも現地に行かれたい方ばかりではございません。
我々としては哀悼の誠をささげる(場所)、事故の反省・教訓を心に刻む施設として大切にしていきたい。
施設は事故を後世に伝える役割を担う一方で、遺族にとって“慰霊の場”でもある。

■「遺族が本当につらいと思う現場を再現して初めて関係ない人が感じることができる」
事故で息子の昌毅さんを亡くした上田弘志さん(71)。
上田弘志さん:要望だらけです。車両の中で子どもが亡くなってるから、(子供が)亡くなった場所そのものやから、それを雑に扱われるとものすごい腹が立つ。
事故から6年後、倉庫に保管されていた事故車両を見た時からその気持ちは変わっていません。
上田弘志さん:車両の中で痛かったやろうし苦しかったやろうな。
車両が大切に保存され、事故の教訓を伝える施設になっているのかを確かめるため、今月、施設を訪れました。
車両の保存方法についてはまだ課題があると感じた一方で、事故現場の再現からは伝わるものがあった。
上田弘志さん:僕ら(遺族)が見る分にはここまで再現していいのかどうか…。あのドア外したら子供が出されている映像がこびりついている、それが出てくるんです、泣きそうになりました。
遺族が本当につらいと思う現場を再現できていて初めて、関係のない人がそのつらさを感じることができると思う。

■JR西日本社員「本当に苦しかったです。申し訳ないと…」
JR西日本は、全社員を対象にこの施設で研修を行うことを決めていて、すでにおよそ2000人の社員が見学した。
施設を見学したJR西日本社員:本当に苦しかったです。申し訳ないと…こういうところで亡くなってしまわれたことに対して、本当に申し訳ない。
一乗務員がやったとかではなくて、会社として組織としてこういうことを起こしてしまって申し訳ないと言う気持ちになりました。
これから施設をどう生かしていくのかが問われている。
(関西テレビ「newsランナー」 2026年4月24日放送)

