2024(令和6)年の元日に能登半島を襲った震災。現在、輪島の街では復興はどこまで進んでいるのか。能登の冬といえば、新鮮な海の幸が旬を迎える時期。

そして、“日本四大杜氏”のひとつ「能登杜氏」のふるさと。酒造りが最盛期を迎える冬、震災を経た能登の「今」を訪ねた。

酒米が瓦礫の下敷きに…

震災から2年。輪島の街では復興が進みつつあるものの、まだ各所で道路のひび割れは目立ち、ブルーシートで覆われた家屋も数多く残っている。

輪島朝市通り。空き地も目立つが仮設も含め再開した店もある
輪島朝市通り。空き地も目立つが仮設も含め再開した店もある
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それでも、能登を支える最大の産業である漁業は復活し、日々、新鮮な海の幸が水揚げされている。数は少ないながら飲食店も再開し、地元民はもちろん、観光客の受け入れも着実に進んでいるようだ。

創建から1300年以上の古社・重蔵神社も復旧途上。名物の朝市は元々、神社の境内で開かれていたという
創建から1300年以上の古社・重蔵神社も復旧途上。名物の朝市は元々、神社の境内で開かれていたという

能登半島で、水産業の他に忘れてはならないものといえば、お酒である。明治元年に創業し、能登・輪島の地で地元の「米」と「水」と「人」にこだわって酒造りを続けてきた「中島酒造店」もそのひとつだ。

震災前の中島酒造店(写真提供:中島酒造店)
震災前の中島酒造店(写真提供:中島酒造店)

この中島酒造店もまた、震災によって甚大な被害を受けている。石川県輪島市鳳至町で、酒を造り続けてきた建物が強い揺れによって屋根が落ち、隣接する住居と共にほとんどが壊れてしまったのだ。

被災直後の中島酒造店(写真提供:中島酒造店)
被災直後の中島酒造店(写真提供:中島酒造店)

現在、中島酒造店を率いる代表杜氏の中島遼太郎さんは言う。

「幸い家族は避難して全員無事だったのですが、酒蔵や併設された店舗の大半が倒壊し、瓦礫に埋まってしまいました。何より残念なのは、地震が起こる三日前、新酒のために入荷していたばかりの酒米(さかまい)が、下敷きになってしまったことなんです」

屋根を持ち上げ酒米を救出

中島酒造店が震災の被害にあったのは、実はこれが初めてではない。現在、8代目を務める遼太郎さんがまだ高校を卒業して間もない2007(平成19)年にも、震度6強の地震に見舞われて、酒蔵が倒壊しているのだ。