広島の街に新しい車が走り出した。
それは、誰もが思い浮かべる大手メーカーの車ではない。東広島市のスタートアップ企業がゼロからつくり上げた1人乗り超小型EV(電気自動車)だ。名前は「mibot(ミボット)」。会社設立から3年、ついに最初の1台がユーザーのもとへ届けられた。
「車が大きすぎる」原体験がきっかけに
前後対称のシンプルなデザイン。コンパクトな車体に、“1人乗り”という明確な役割を与えたモビリティ。ミボットを開発したのは東広島市に本社を置く「KGモーターズ」だ。
広島の自動車産業といえば、多くの人がマツダを思い浮かべる。しかし今回誕生したのは、まったく異なる文脈から生まれた車だった。
2025年の年末、本社工場ではYouTube用の撮影が行われていた。初めて、予約客のもとへ納車する様子を動画で配信するためだ。楠一成CEOは、カメラに向かって心境をこう語る。
「本当に、ここまでよくやってこれたなと。皆さんのおかげです」
設計から開発、試作、そして納車に至るまでの3年間、その歩みをテレビ新広島が追い続けた。
KGモーターズが設立されたのは2022年。
原点にあるのは、呉市出身の楠さん自身の体験だった。
「細い道を、おばちゃんがミラーをたたんでタイヤを半分落としながら走っているのを見て、明らかに車が大きすぎると。いつか1人乗りの乗り物があったらいいなと漠然と考えていました」
自動車部品の販売会社を経営し、整備士の資格は持っていたものの、車づくりは未経験。初期メンバー4人は全員“素人”だった。
調達した部品が設計通りに収まらない。
作業中に頭をぶつけて「痛っ」と声を上げる。
試行錯誤の連続だったが、「社会を変えたい」という思いだけは揺るがなかった。
YouTubeがつないだ共感と仲間
開発の様子は包み隠さずYouTubeで発信された。すると、その姿勢に共感した人たちが少しずつ集まってきた。
自動車部品の設計開発に携わり、定年後にKGモーターズに加入した氏本卓志さんは「ここでこういう仕事が引き続きできるのは満足感が大きい」と話す。
楠さんは言う。
「ミッションやビジョン、思いに共感した人が集まってくれている。それが一番大きいですね」
地元企業や専門家も、次第に技術協力を申し出るようになった。
2024年9月。
開発の原点である呉市両城地区で、ミボットは試走に臨んだ。軽自動車でも通行が難しい細く急な坂道。そこで、ミボットはスムーズに坂を上りきった。
「坂が登れるかどうかじゃなくて、毎日使っても壊れないこと。その信頼性を極限まで磨きたい」
“日常に使われる車”。それが、ミボット開発の軸だった。
組織は約30人に!東広島から全国へ
量産に向け、2024年12月には本社工場を移転。
大手自動車メーカーで長年第一線を走ってきた技術者も加わった。
マツダで25年以上勤務した上田貴之さんはKGモーターズに転職した理由をこう話す。「YouTubeで見て応援したくなったというか、正直悔しかった。やりたかったなと」
ホンダで勤務経験のある中村奏太さんは「ソフトウェアをいちからつくれるところ」に魅力を感じているという。
2025年には東京オフィスも開設。4人で始まった挑戦がいつしか正社員約30人、業務委託を含めると60人を超える組織へと成長した。
ミボットは、原付ミニカー規格の超小型EVである。車検は不要。最高時速は60キロ、航続距離は約100キロ、本体価格は110万円から。前後対称のデザインは、組み立てやすさと安全性、そして価格の抑制を同時に実現するための工夫だ。
国のデータによると、車移動の多くは10キロ未満の短距離を1人で乗っている。その現実に応える形で“短距離移動に特化”したミボットには、量産前にもかかわらず全国から2000件以上の予約が入った。
車体の試作と走行テストを繰り返し、夢の量産実現まであと少し。しかし、最大のハードルは設備投資のための資金調達だった。
2025年9月、岡山市で開かれたスタートアップ企業と地元企業をつなぐ交流型シンポジウムで、楠さんはこう語っている。
「一番苦労するのは、絵(計画)しかないとき。その段階で共感を集められないと形にすらならない」
展示や試乗を重ね、少しずつ信頼を積み上げた結果、全国の投資家や企業からも注目されるようになり資金調達額は“累計20億円”を超えた。
これまでに3回、KGモーターズに出資してきた「ちゅうぎんキャピタルパートナーズ」の石元玲取締役は、1人乗りEVという分野で日本に成功例はまだないとしたうえで、「その未知の領域に果敢に挑む姿勢にひかれました。歴史に残ってほしい」と期待を込める。
ついに迎えた「1台目の納車」
そして、2025年12月30日。主に手作業で組み立てられたミボット1号車が、初めてユーザーのもとへ向かった。
白いバンの後部ドアが開き、スロープが下ろされる。そこから現れたのは、コンパクトなグレーのミボットだった。まさに“車で車を運ぶ”光景に、開発3年の追求が凝縮されている。
納車先までの狭い坂道を、ミボットはスイスイと登っていく。軒下の車庫にすっと収まったとき、その場に安堵の空気が広がった。
「無事に1台目をお届けできました。ありがとうございます」
楠さんは初のユーザーにカードキーを手渡した。納車前、こうも話していた。
「子どもが旅立っていくみたいで…大丈夫か、頑張れよって」
ついに、一般ユーザーが公道でミボットを走らせた。静かな加速で住宅街を軽やかに進んでいく。
「いいですか?」
「いいです、いいです。普通に車ですね。普段使いには十分な性能。ちょっとした買い物やドライブがより楽しくなりそう」

KGモーターズは「自動車メーカー」としてのスタートラインに立った。
「ようやく1歩目を踏み出したところです。ここから100台、1000台、1万台、10万台と増やしていきたい」
本格的な量産開始は2026年4月以降を予定している。安全性と品質を最優先し、あえてスケジュールを後ろ倒しした。
「日常に溶け込んで、飽きずに使い続けてもらえるか。それが勝負です」
2025年夏には、アメリカの経済誌フォーブスが選ぶ「アジア太平洋地域で注目すべき新興企業100社」にも選出された。
「大きなことに挑戦しているので、困難は必ず訪れると思う。そこでチーム一丸となってその壁を打ち破り、飛躍していきたい」
1台目の納車から間もなく迎えた2026年。東広島で生まれた小さなEVは、全国展開を見据え、走り出している。
(テレビ新広島)
