大学入学共通テストまであと10日。進路や将来に不安が募るこの時期、49歳でなお医師を目指し続ける男性が6度目の国家試験に挑もうとしている。
30年、あきらめず机に向かってきた理由は何か。その執念に迫る。

5度の不合格、その理由

広島市南区のマンションの一室。
窓際のカーテンレールには服が隙間なく掛けられ、床に段ボール箱や布団など生活用品がそのまま置かれている。雑然とした部屋の中央にある小さなコタツテーブル。その脇には参考書や問題集が山のように積み上がり、限られた空間は「勉強」と「生活」で埋め尽くされていた。

医師を目指して勉強を続ける神野毅さん(49)
医師を目指して勉強を続ける神野毅さん(49)
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この部屋で机に向かうのが、神野毅さんだ。
医師を目指して30年。49歳になった今も、夢をあきらめてはいない。医師国家試験まで残り1カ月。神野さんは、ラストスパートをかけるように勉強に励んでいる。

11浪の末、念願の医学部に合格した。だが卒業までには14年かかった。さらに医師国家試験に5年連続で不合格。結果だけを見れば、厳しい現実だ。

 
 

なぜ合格できなかったのか。神野さん自身は、その理由を冷静に振り返る。
「国家試験は情報戦なんです。でも人間関係が作れなかった。どの対策講座がいいのか、そういう情報が入ってこなくて自己流の勉強になってしまった。問題集を一人で解くやり方はリスクが高いと思います」

一人暮らしの生活は決して楽ではない。
勉強の合間に塾講師のアルバイトをして、日々の生活費を稼ぐ。狭いキッチンに立ち、食事は簡単に済ませることが多い。
「冷凍パスタを温めるだけです」
コロナ禍でバイトが減って、家賃を滞納したこともある。在学中に借りた奨学金の返済も残っている。

「あきらめて」仕送り続けた母の本音

神野さんは最近まで親からの仕送りに頼っていた。76歳の母に電話をかけ、医師国家試験への意気込みを伝える。
「お母さんかい?今度こそ合格します。期待していてください。今度こそは、何とかしますので」

母・由美子さん(76)と電話で話す神野さん
母・由美子さん(76)と電話で話す神野さん

母の返事は、どこか力がなかった。
「ほんまかいな。まあ、頑張ってください」
何度も聞いてきた言葉なのだろう。

「あきらめてほしいと思ったこともありました。違う道に進んでほしいとも。でも『やる』と言うから、もうしょうがないですよね」
学費や生活費の援助は長く続いたが、最近はそれも限界を迎えた。
「もうお金を送ることはできません」

神野さんは冗談めかして言った。
「だいぶお母さんからお金をむしり取ったから」
電話の向こうで、母は「そうよ、返して」と笑っていた。
「合格したら、4月に初めての給料で何か買ってお返しします」
「じゃあ、期待しています」

うつ病の経験から“精神科医”を志す

浪人生の数は年々減っている。大学入試センターによると、2026年に大学入学共通テストを受ける浪人生は約7万1000人。最も多かった1995年と比べると約6割減少した。
そんな時代に浪人を続け、医師という道にこだわり続ける“不屈の49歳”。神野さんが目指すのは精神科医だ。
原点は、大学時代の経験にある。
「2年生の解剖実習のころ、人間関係でつまずいて、うつになりました。留年を繰り返し、うつ病の人の苦しさが身をもってわかりました。だから精神科医になって、苦しんでいる人を助けたいんです」

そんな神野さんに2025年、転機が訪れた。
見かねた友人が勉強をサポートしてくれることになったのだ。大学時代の元同級生で、ひとまわり近く年下の30代。今は広島市で外科医として働く友人に、神野さんは不安を打ち明けた。
「前回、必修で引っかかっているので、また同じことにならないか心配…」
「必修の予想問題もある?それをやろう」
「後で見返すと、なんでこんなのを間違えたんだって思う」

大学時代の元同級生(30代・外科医)に試験対策を相談
大学時代の元同級生(30代・外科医)に試験対策を相談

友人は言う。
「国家試験はチーム戦。みんな一緒になって勉強する。彼の場合、一緒に勉強する友達がいなかった。彼には仲間が必要なんだと思います」
年齢の壁もある。友人は率直な意見を伝えた。
「50歳前後になると、受け入れに慎重な病院は多いと思います。指導する側の医師は40代が多いので、年上に教えるのは気まずいと感じる人もいる。でも彼の良いところは“真面目”。現場でかわいがられる真面目さを知ってもらいたい」
友人の言葉をまっすぐに受け止め、神野さんはこう言い切る。
「自分で選んだ道ですし、もうやっていくしかない。進んでいくしかない」

広島市東区の安養院で合格祈願する神野さん
広島市東区の安養院で合格祈願する神野さん

2026年にかける思いを胸に、神野さんは寺を訪れた。本格的な祈祷をしてもらうためだ。住職の読経と太鼓の音が本堂に鳴り響く。
神野さんは目を閉じ、静かに手を合わせた。後戻りできない夢、これからの生活、親や友人への感謝…。さまざまな思いが脳裏を駆け巡り、期待とプレッシャーが交錯する。

胸に秘めた思いがある。
「僕は軽度の発達障がいの傾向がありまして…。発達障がいで誤解されて、つらい思いをしている人を助けたいという思いもあります。今年の医師国家試験では、今度こそ合格したい」

多くの苦しみを経験した彼だからこそ、助けられる患者がいるかもしれない。
医師になるーーその純粋な思いを胸に、神野さんは今日も机に向かう。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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