日本屈指のサーフポイントとして知られる宮崎県。その海を愛し、43年もの間、サーファーたちのためにウエットスーツを作り続けている職人がいる。宮崎の波に魅了され大阪から移住した職人が生み出すのは、一人一人の体型に完璧に寄り添う完全オーダーメードスーツだ。熟練の技術と熱い思いが詰まったものづくりの現場に迫る。
43年貫く完全オーダーメイドの極意
多くのサーファーを魅了するサーフスポット ・木崎浜には、連日サーファーたちが集まる。

サーファーが海に入る際に欠かせないウエットスーツを、43年にわたって作り続けているのが湯野武巨さん(71)だ。

湯野さんが代表を務める工場「G suits」では、既製品ではなくオーダーメードの制作にこだわっている。
制作工程は、サーファーの体型を詳細に採寸することから始まる。

採寸が終わると、上半身、腕、足と部位ごとに細かく素材(ゴム)を裁断していく。
湯野武巨さんは、「ゴムはルーズになると余って擦れたりする。ピッタリ作ったら大丈夫」と話す。

次に、裁断したパーツの側面にのりを塗り、慎重に貼り合わせていく。わずかなズレが全体の仕上がりに影響するため、細部まで神経を研ぎ澄ませた作業が続く。

仕上げの工程を担うのは、裁縫歴30年以上のベテラン、衛藤ちえ子さんだ。湯野さんの工場の隣に住んでいた縁で、ともにウエットスーツ制作に励んでいる。

衛藤さんは、のりで接合した部分を丁寧にミシンで縫い合わせていく。
ウエットスーツは海の中で体を守り、保温などの効果があるが、季節によって生地の厚さが異なる。特に薄い生地を縫う際は職人の指先の感覚が問われる難易度の高い工程だという。
宮崎の波に魅了され移住を決意
大阪府出身の湯野さんが宮崎県に移住したのは、22歳の時だった。

湯野さんは高校生の時、サーフィンに魅せられ全国の海を巡った。その中で宮崎の波に魅了されたという。

湯野武巨さん:
宮崎県内は年中、波があって波乗りができる。宮崎は太平洋に面してるからうねりを3つくらい拾う。他の県は3つも入るうねりのところはない。
「サーフィンに関わる仕事がしたい」洋服が好きだった湯野さんは、神奈川県でウェットスーツの制作技術を学び、1983年、28歳の時に宮崎で自身の工場を開設した。
当時は認知度が低く、各地の大会へ足を運ぶなどして、宮崎でウエットスーツを製造していることを広めるのに苦労したという。
「宮崎ブランド」を世界へ発信
宮崎に住むサーファーがウエットスーツを受け取りに工場を訪れた。

サーファー:
すごく着やすい。メードイン宮崎というのが一番良いよね。
湯野さんは、販売だけでなく補修などのサービスを含め、宮崎発にこだわったウエットスーツを作り続けていきたいと話す。
また、余った生地でサーフワックスケースを作るなどのグッズ制作や、若い世代への技術継承にも力を入れていきたいという。

湯野武巨さん:
ハンドメードの工場は少ないですからね。メードイン宮崎のサーフィンのブランドを国や世界に発信したい。
1日に制作できるのはわずか1着。効率よりも「着る人のこと」を一番に考え、手間を惜しまずハンドメードを貫いている。波を知り尽くした職人が生み出す至極の一着は、今日もサーファーたちを最高の波へと送り出している。
(テレビ宮崎)
