能登半島地震で自宅 兼 作業場が全壊し移住を余儀なくされた栗農家の男性が、新天地の静岡県浜松市で奮闘している。
能登半島地震で浜松へ移住
静岡県浜松市に住む松尾和広さん。
2年前の“あの日”、人生が一変した。
「ガシャンガシャンと音が聞こえてくる。玄関裏の物置小屋に食器棚などがあり仕事道具も入れてあったので倒れてきているなと思った」
石川県輪島市で栗農家を営んでいたものの能登半島地震で作業場も兼ねていた自宅が全壊。
「家族全員が安心して暮らせる環境を探す方が大事で、自分の栗とかにはこだわらずこれは仕方ない」と移住を決断した。
移住先に浜松を選んだのは菓子メーカーの春華堂と以前から親交があったことがきっかけで、現在は遠州地域で採れる和栗のブランド化を目指すプロジェクトに参画。
これまでの経験を活かし、能登でも評判だった焼き栗の加工を担当しているほか農家に対して栗の育て方についてアドバイスを行っている。
自らの経験と知識をもとにアドバイス
2025年12月、この日は新たに栗の栽培に取り組む人たちに向けた講習会に参加。
「(遠州地域で)500本以上の苗を植えたが100本ほど枯れた。自分に自信を持っていたが、こちらで育たない理由があった。これまでの自分のやり方が日本全国で通用するわけではないのだといろいろなことがわかってきた」と、能登での経験に加え、静岡へ来て以降、試験的に育てている栗の木から得た知見も踏まえて苗木をどのように管理すべきかを説明した。
和栗プロジェクトでは新たなスイーツの開発にも取り組んでいることから栗を買い取る体制が整っていて、最近では他の作物と並行して栗を育てる人が増えているという。
普段は野菜やイチゴを育てている男性は「土の働き、微生物や肥料のことなど深く勉強していて、とても参考になった」と口にし、茶農家の男性は「根を大事にするというのはお茶と通じるところがある。同じ木を栽培してきた中で、それが勉強になった」と話した。
こうした声を受け、松尾さんは「これから始める人たちにとって、より確率の高い、ちゃんと育つ成功方法を伝えられるようにしたい」と意気込んでいる。
責任を痛感し貪欲に学習
ただ、生産者が増えても栗に適した畑が少なければ栽培面積は増えていかないため、水田や茶畑の耕作放棄地を栗畑へと転用できないか試験や研究を重ねているが、田んぼの跡地は水はけが悪く、大雨に伴う水たまりで根が酸欠となり、たくさん枯れてしまったそうだ。
こうした失敗の経験も踏まえ「自分だけの事業ではなく、いろいろな人に指導・アドバイスする立場なので僕の言動ひとつで成功するか失敗するかに大きく関わって来る。だから正しい知識を伝えられるようにめちゃくちゃ勉強している」と自らの責任の重さを実感している。
農家が儲かる方法を考えアドバイスを
一方、松尾さんが和栗プロジェクトに参画したことを機に春華堂が加工用に能登の栗を仕入れてくれるようなり、かつて自分を成長させてくれた地との架け橋にもなっている。
このため、松尾さんは「僕が買っているわけではないが、“橋渡し”という役目なので僕がやめたらパイプがなくなってしまうので『僕らのためにもやめないでね』と言われる」と笑う。
これからの目標は遠州の地に孫の代まで続く栗の木をたくさん残していくことだ。
そのためにも2026年を飛躍の1年にしたいと話す。
「僕は栗だけで19年やってきて栗を育てて売らないことには生活できない人生を19年送ってきた。大事なのは生活費を稼げるかどうか。農家が儲かるということに関しては絶対にブレない。その方法はこれからも考え続けてアドバイスできるようにしたい」
そう口にすると松尾さんは前を向いた。
(テレビ静岡)
