仙台育英高校サッカー部で起きていたこと

取材に応じた彼は、落ち着いた口調で、淡々と話した。
声を荒らげることも、誰かを強く非難することもない。
それでも、その言葉は重く、聞く側に問いを突きつけてくる。

仙台育英高校サッカー部3年生のAさんは、
「いじめを許したのか」と問われると、少し間を置いて、こう答えた。
「許すというより、諦めている、という方が近いと思います」

Aさんは2025年10月、サッカー部でのいじめを苦に、自殺未遂を起こした。
学校は、「いじめ重大事態」として調査を開始。
同年11月、部内に厳しい規律や連帯責任が定着した
「構造的いじめ」があったとする調査結果を公表し、
全国高校サッカー選手権への出場を辞退した。

本稿では、被害を訴えてきた生徒本人に、保護者の同意を得て話を聞き、
入学から自殺未遂、そして今の思いに至るまでの経過を時系列でたどる。

寮生活の始まり

2022年4月。
Aさんはサッカー部の特待生として仙台育英高校に入学し、寮生活を始めた。
一人部屋の寮で、同学年の部員が多くを占める一方、生活指導のために上級生も配置されていた。

入学前に思い描いていたのは、仲間同士で支え合う集団だった。
しかし、実際に足を踏み入れると、異なる空気を感じたという。

「助け合いというより、蹴落とし合いに近かった」

寝坊した部員を起こさない。
あえて放置し、連帯責任の罰則を発生させる。
そのうえで、指導者に報告する。

そうした行動が「評価につながる」と受け取られる雰囲気が、
寮の中にあったという。

被害生徒への取材メモ
被害生徒への取材メモ
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遅刻を巡る同学年だけの追及

入寮から間もない頃、Aさんは同学年の部員20人以上に囲まれた。
理由は「遅刻したから」だった。

本人に心当たりはなかった。
実際に遅刻はしていないと説明しても、その場は収まらなかったという。

「遅刻したと言うまで、終わらない感じでした」

指導者や上級生はその場にいない。
同学年だけで30分近く続いたやり取りの末、Aさんは部屋に戻った。
認めなければ、さらに追及が続くと感じたからだという。

丸刈りの慣習と圧力

寮や部内では、丸刈りを強要するような言動も日常的だった。
1人が遅刻すると全員が罰の対象となる。

「早く坊主にしろ」「気持ち悪い」
廊下ですれ違うたびに、そうした言葉を投げかけられた。

多くの部員は、本心ではやりたくないと思いながらも、
やらなければ疎外されるという空気の中で従っていた。
指導者からも「いつ坊主にするんだ」と、全体に対して圧力がかかっていたという。

Aさんは、最後まで丸刈りを拒んだ。
自分がやっていないことを理由に、
他の部員に丸刈りを強要することもなかった。

サッカー部内では、遅刻やノルマ未達などの場合に、厳しいペナルティがあったとされている。
サッカー部内では、遅刻やノルマ未達などの場合に、厳しいペナルティがあったとされている。

止める立場の大人は、そこにいた

当時、Aさんの学年を担当するコーチは、
寮にも常駐し、生活面を含めて部員を管理する立場にあったという。

暴言が飛び交う場面で、
助けを求めるように視線を送ったこともあった。
しかし、注意が入ることはなかった。

「やめろ」と制止する声が上がることはなく、
その場はそのまま流されていった。

Aさんの目には、
ただ見て見ぬふりをしているというより、
周囲の生徒と一緒に笑っているように映ったという。

練習外で続いた言葉の暴力

練習中に厳しい言葉をかけられることはあった。
しかしそれは、「競技の一部」「自分の実力不足」として受け止めようとした。
ただ、問題は練習の外にあった。

部室で着替えている時。
校舎内ですれ違う時。
「あいつ来たよ」
「来るな」
「死ね」

練習とは関係のない場面で、言葉は繰り返された。

2年生になり、クラスが変わった後も、
言われる頻度が減ったと感じることはあっても、
本質的な状況は変わらなかったという。

学校は、被害生徒が2年生の時に、「いじめ防止対策推進法」に則り、避難措置を含む保護を継続してきたと説明している。
学校は、被害生徒が2年生の時に、「いじめ防止対策推進法」に則り、避難措置を含む保護を継続してきたと説明している。

大けがをしても「来い」と求められた

けがにより強い痛みを抱え、
日常生活にも支障が出る状態でも、
Aさんは練習への参加を求められた。

「歩けるなら、サポートできるでしょ」

指導者からそう告げられたという。

医師の診断があっても、
練習に出ないことは、学校を休むことと同一視される構造があった。

体調が悪くても、
「練習に行かなければ学校にも行けない」
そう感じる中で、無理を重ねざるを得なかった。

退部を迫られた面談

2年生の秋。
Aさんは、サッカー部の顧問団と面談の場を持った。

いじめ被害を訴えていたAさんに対し、
顧問の1人が次のように迫った。

「サッカーやらないやつが、サッカー部にいても意味ない」
「このままサッカー部にいたいのか、いたくないのか。
お前なら、いたくないでしょ」

被害の訴えと、かみ合わない応答

Aさんはこの面談で、
同じ学年の部員から日常的に
「死ね」などの言葉を向けられていることを伝えた。

しかし、録音データを確認する限り、
顧問団がいじめの事実関係を整理したり、
具体的な対応策を示したりするやり取りは確認されていない。

別の指導者も、次のように発言している。

「今からサッカーを頑張ったって、正直、手遅れだと思う」
「君がサッカーでのし上がるのは、まずない」
「クラブチームを紹介することもできる」
「根性があるかと言われたら、厳しいと思う」

Aさんは、この面談を振り返り、
「サッカーを続けたいという気持ちを、否定されたように感じた」
と話す。

当時の監督と、部長兼コーチは2025年11月、一身上の都合で辞任した。
当時の監督と、部長兼コーチは2025年11月、一身上の都合で辞任した。

追い詰められていく心

顧問との面談のあとも、
Aさんを取り巻く環境が大きく変わったとは感じられなかったという。

次第に、精神的な不調が深まり、
「ここにいていいのか分からない」という感覚が強まっていった。

精神科を受診しようとしても、初診は数カ月待ちだった。

ようやく出た診断書を学校に提出しても、
返ってきたのは
「来られるようになったら来てください」
という言葉だけだった。

その時点で、具体的な支援や、いじめの調査はなかったという。

夜ごと、親に電話をかけた。
「誰が味方なのか分からない」
そう感じる日々が続いた。

サッカー部を辞められなかった理由

「辞めればよかったのではないか」
今もネット上には、そうした声がある。

しかし、Aさんには現実的な壁があった。

特待生として免除されていた学費。
退部すれば、それらを数百万円単位で返還しなければならない。
家族の経済的負担を考えると、
「辞める」という選択は簡単ではなかった。

「親は辞めてもいいと言ってくれました。
でも、辞めたくても、辞められない状態でした」

3年生になる頃には、
サッカーへの情熱はほとんど残っていなかったという。

練習ではプレーを避け、裏方作業に回った。
ボールの準備や用具の管理。
そうして前に出なければ、
向けられる言葉は、確かに減った。

「本当に死ぬつもりだった」自殺未遂に至るまで

3年生の8月、Aさんは自殺未遂に至った。
薬の過剰摂取やリストカット。
大きな病院に搬送されたこともある。

「誰にも分かってもらえない、という感覚が続いていました」

10月11日、
ロープを手にして部屋を出た。

「本当に死ぬつもりでした」

間一髪のところで警察に発見され、一命をとりとめた。

全国高校サッカー選手権・宮城県大会の開催中、学校は「いじめ重大事態」として調査を開始した。
全国高校サッカー選手権・宮城県大会の開催中、学校は「いじめ重大事態」として調査を開始した。

自殺未遂後に始まった調査 学校対応への疑問

学校にはすぐに「いじめを苦にした自殺未遂」と伝えられ、
「いじめ重大事態」として調査が始まった。

学校側はこれまで、
「いじり・不適切な言動」が入学直後から始まり、
2年生から「保護を継続していた」と説明している。

そして学校は、2025年10月になって、
「生徒の了承が得られたことから、いじめの調査を開始した」と説明している。

実際には、自殺未遂の発覚によって
ようやく学校が動き出したというのが実態だったという。

「本当に死ぬ間際で警察に止められたから、学校も問題として取り上げた」

学校の公表文では、「過去に『いじり』と呼ばれる不適切な言動が繰り返されていた」と記されている。
学校の公表文では、「過去に『いじり』と呼ばれる不適切な言動が繰り返されていた」と記されている。

「許す」という言葉の奥に

いじめた生徒たちについて、Aさんは静かにこう語った。
「覚えていないんだと思います。僕は一言一句、覚えているのに」

謝罪を求める気持ちはないという。
形だけの謝罪に、意味を見いだせないからだ。

「許すというより、引きずらないための選択です。
 この先の人生で、マイナスにしかならないから」

学校の調査や対応については、
「何も変わらなかった」という感覚が拭えないと話す。
納得できない結果であれば、再調査を求めることも視野に入れている。

最後に、Aさんはこう語った。

「いじめを軽く扱わない社会であってほしい。
 同じように、逃げ場を失う人が少しでも減ればと思います」

許しでも、美談でもない。
ここにあるのは、一人の生徒が生き延びるために選んだ、
静かな、しかし確かな決断だった。

(仙台放送報道部 関 隆磨)

<一連の経緯>

学校の公表によると、
仙台育英高校サッカー部では、被害生徒が1年生だった2023年春ごろから、
同じ学年の複数の部員による不適切な言動があったとされている。

学校がこの問題を「いじめ重大事態」として位置づけ、
調査を開始したのは、2025年10月。
全国高校サッカー選手権・宮城県大会が行われていた最中だった。

学校は決勝前日の11月1日、
すべての保護者に対し「いじめ重大事態」であることを通知。
「辞退を判断するには時間的な制約がある」などとして、決勝戦に出場し、
仙台育英は2年ぶりに優勝し、全国大会出場を決めた。

優勝から10日後の11月12日、学校は「最終報告」を公表。
サッカー部内に厳しい規律や重い罰則、連帯責任が定着していたこと、
指導者側も改善に踏み込まず、
いじめを生みやすい「構造的いじめ」があったと結論付けた。

学校は、全国高校サッカー選手権への出場を辞退し、
2025年内の対外活動をすべて停止。

監督と、コーチ兼部長は、
いずれも「一身上の都合」を理由に辞任した。

仙台放送
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