コロナウイルスで世界に顔を知られるようになったWHO(世界保健機関)のテドロス事務総長と握手を交わす1人の日本人研究者。
東京・武蔵村山市にあるJIHS国立感染症研究所インフルエンザ研究センターの長谷川秀樹センター長だ。
長谷川氏がテドロス事務総長と写真に納まった理由は、次のパンデミックに備えて最も有効だとWHOが認定したワクチンの開発者だからだ。
長谷川氏のチームは、コロナウイルスを経験した人類にとって次なる脅威となり得る“ネクストパンデミック”に備えたワクチン「プレパンデミックワクチン」を北海道大学と共同で開発に成功、2024年10月、WHOに効果が認定された。
現在、日本を含む世界各国で長谷川氏のグループが開発したワクチンが備蓄されている。
長谷川氏の専門は、インフルエンザの研究だが、鳥インフルエンザと人類に流行するパンデミックとの関係は深い。
人類を恐怖におとしめるインフルエンザなどを代表とするパンデミックウイルスは、ほぼすべてが動物由来であり、その根源は、鳥から豚を介してヒトに感染するなど、鳥インフルエンザから起因している。
今回、長谷川氏らが開発したワクチンも、鳥インフルエンザから感染して死亡した北海道のキタキツネから採取したウイルスをもとに開発されたものだ。
今、鳥インフルエンザの感染拡大が、かつてないほどの規模で起こっている。
鳥インフルエンザは、1800年代から鶏での感染が見られたウイルスで、現在は高病原生鳥インフルエンザと呼ばれている。
強毒株は、一夜にして鶏舎のニワトリを全滅させてしまう。
この鳥インフルエンザが、かつてないほどの勢いで感染が拡大している。
問題なのは、感染した鳥が増えたため、キツネやタヌキなど哺乳動物が鳥インフルエンザに感染するケースが急拡大している点。
哺乳動物への感染例は、2020年以降のわずか4年間で新たに26カ国、48種以上で確認されている。
ウイルスを持った鳥が多いと鳥を捕食する動物の感染が増える、といった食物連鎖で哺乳動物に感染が広がっていく。
国内でも、2020年にキタキツネやタヌキの感染例が北海道で見つかった。
2025年も北海道で、アザラシやラッコでの感染が見つかっている。
アメリカでは2024年、乳牛が鳥インフルエンザに感染し、牛舎で感染が拡大、現在では全米各地に乳牛の感染が広がっている。
この哺乳動物への鳥インフルエンザの感染が広まっていることこそが、パンデミックにつながる危険性を高めているという。
2009年に起きたインフルエンザのパンデミックは、鳥、ヒト、豚由来のインフルエンザウイルスが豚の体内で組み換えを起こしたことに起因するものだった。
発生当初、海外での致死率は4~5%。100人に4~5人が死亡するという危険なウイルスだった。
歴史的に見て、10年から30年のサイクルでパンデミックは出現している。
かつてないほど哺乳動物への感染が広まる中、WHOや日本を含む各国政府は、新型インフルエンザ発生後、最も有効性が期待されるプレパンデミックワクチンの備蓄を始めている。
そのワクチンを開発したのが、国立感染症研究所インフルエンザ研究センター。
長谷川秀樹センター長らのグループだ。
長谷川氏らは、鳥インフルエンザの感染が確認された北海道のキタキツネの体内からウイルスを採取して、プレパンデミックワクチンの開発に成功し、2024年2月、WHOにワクチン株としての有効性が認定された。
すでに国内では500万人分が備蓄されているほか、全世界でこのワクチンがパンデミックに備えて製造され始めている。