がん患者の心の負担を軽減しようと、福井市内の病院で「生成AI」を活用した新たな取り組みが始まっている。不安や疑問を抱えるがん患者が時間を気にせず相談できる場を作ろうと、病院と大学が進める実証実験を取材した。
医師の代わりに相談に応じる対話型のAIケアロボット
福井県済生会病院にある、がん患者が悩みなどを相談できる「集学的がん診療センター」。ここには、がん患者約1400人が通っている。
「こんにちは!ご機嫌いかがですか?」
そう声をかけてきたのは、モニターに映し出される仮想のキャラクター=アバターの医師だ。
これは、県済生会病院と福井工業大学が共同で研究を進めている「生成AIの音声対話型ケアボット」。
いわゆるAIの相談相手で、医師の代わりに会話をするプログラムが搭載されている。がん患者の心のケアを目的に開発され、県済生会病院は去年から実証実験を始めた。
がん患者の悩みや治療のデータを4000人分搭載
県済生会病院集学的がん診療センター顧問の宗本義則院長補佐は「医師が対応すると時間が限られてしまうが、AIだと時間を気にせず話をすることができるし、人に話したくない事も相談できる」という。
がん診療では、患者に対し多くの情報が短時間に説明されることが多い。そうなると特に高齢者は不安や疑問を抱えた状態が長く続くとされ、心理的負担の大きさが課題となっている。
そこでAIを活用し、その負担を解消しようというわけだ。宗本医師は、患者が不安を少しでも和らげる存在は欠かせないと話す。
開発中のAIケアボットには、全国約4000人のがん患者が抱える悩みや、治療がどのようなプロセスをたどるのかといった知識のほか、済生会病院が保有するデータや情報も組み込まれている。
「勇気がわいてきた」相談することで前向きに
取材した日も、AIケアボットに相談する患者の姿が。
患者:「適度な運動というと…家の掃除などをしているのですが、今の状態で生活していればいいでしょうか」
AI:「生活面では過度な飲酒、脂肪のとりすぎを避け、適度な運動を心がけると今のよい状態を長く保てますよ」
福井市に住む竹山きみ子さん(79)は、大腸がんを治療した後、肝臓への転移が見つかり3年前からは県済生会病院に通院。手術や抗がん剤治療を経て、現在は経過観察中だ。
竹山さんはこの日、夫とともに、日頃の生活の中での悩みをAIケアボットに話していたのだ。
AI:「これからも検診や生活のリズムを保ちながら心の支えになる言葉や人とのつながりを大切にしてください。私もあなたが笑顔で過ごせるよう応援し続けます」
竹山さん:「ありがとうございます。参考になりました。頑張ります。勇気がわいてきました」
竹山さんは「やっと病気に立ち向かってやろうという気持ちができた。もう、どうでもいいわという気持ちだったけど、病気に打ち勝っていきたいという気持ちが出てきた」と前を向きます。
日常生活で感じる些細なことや家族には話しづらいことも、AIなら気軽に相談できるというメリットもあるようです。
医師や看護師の“代わり”ではなく“パートナー”
実は、竹山さんの相談に応じていたアバターは、宗本医師がモデルになっている。
開発した福井工業大学のAI&IOTセンター長・芥子育雄教授は「宗本医師のモデルを作ることで信頼感が高まるだろうと考えた。宗本先生自身、いつも笑顔でやわらかい表情なのでこのアバターでも実現したい」と話します。
一方で、まだ改善点もある。
AIケアボットとの相談履歴は、翌朝、医師が見られるという仕組みだが、命に係わる「死にたい」などの相談があった場合はすぐに医師に連絡が入るよう変更を考えているという。
AIは万能ではなく、上手に付き合うことが医療分野でもカギになっています。
芥子教授は「決して医師や看護師を置き換える、代わりをできるものではない。あくまで役にたつパートナー」と話す。
また、県済生会病院の宗本医師も「人間とAIがどのようにコラボしていくかはこれから。我々もAIと一緒に良い医療を提供できるよう研究を進化させていきたい」と話す。
来年3月まで、がん患者約50人を対象に実証実験が行われ、来年度からの本格運用を目指している。
