原告は「客による暴行」主張
原告の主張を整理する。
まず、被告夫婦の夫がいきなり立ち上がり、「バカヤロウ」と叫んで妻を平手打ちした。
その頃、店主の夫はちょうどトイレに行くため店内を歩きかけたところ、被告の夫に行く手を遮られるような形になり、突然頬などを殴られ、ソファに押し倒されたという。
店主の夫は、助けに入ったまわりの客らとともに被告の夫を押さえ込んだが、今度は被告の妻から後頭部を殴られ、さらに止めに入った店主の女性も、被告の妻から頭や顔を噛み付かれたと訴えた。
しかし、店主の夫が医療機関の診療を受けた時の記録には、「被告夫婦のトラブルの仲裁に入って」殴られたとの記載があった。つまり、突然殴られたとの主張とは違う、「トラブルの仲裁」との記載があったのだ。
これについて店主の夫は、診察時に「なぜ殴られたのか」との質問に対し、あくまで推測として「仲裁に入ろうとして行く手を遮ったと(被告の夫に)受け取られて激高された」と述べたところ、医師らが推測ではなく事実として受け取った可能性を主張。
そもそも店内でけんかの仲裁に入った事実は存在せず、誤った記載があったとしても、主張の信用性が否定されることは許されないとした。
また、被告の夫が警察署での検査において、正常歩行できないほど泥酔していた点から、被告側の主張はまったく信用できず、暴力の発端は客側だと訴えた。
治療費や慰謝料、店の休業損害などとして、店主が140万円、夫が26万円、従業員2人がそれぞれ12万円と13万円で、合計192万円の賠償を求めた。
被告は「制圧で負傷」とし反訴
一方で、被告の夫は「店を出ようとしたところ、入口付近にいた白シャツの男が『馬鹿野郎』『うるせー』などと罵倒してきて言い争いになり、突然胸ぐらをつかまれて襲われた。店内の複数人に押し倒され暴行を受け、妻も複数人に押さえつけられ、首を絞められた」と主張。
原告の店側から暴行を受けており、「それに対して何らかの行為をしたとしても正当防衛だ」とし、ロレックスの腕時計の紛失(時価110万円)や現金の紛失、ネックレスの破損や逮捕・勾留による慰謝料などとして、夫婦合わせて計約234万円を求めて反訴した。
被告側は、原告と被告を含め店内にいた関係者全員がそれなりのアルコールを摂取しており、「恐らく誰1人として酔っていない者はいなかったと推察される」と指摘。
特に店主の夫や従業員2人も泥酔状態だったとし、被告の妻が頸部を負傷した点を取り上げて、暴れているのを押さえつけただけとする原告側の主張に不自然さがあると訴えた。
互いの請求“ほぼ棄却”
東京地裁は、診断書や関係者の供述から、店主が被告の妻から後頭部を殴られる暴行を受けたり、従業員が負傷したりしたとする原告側の主張は認められると判断した。
しかし、一連の騒動の発端になったと原告側が主張する被告の夫による暴行は、「頬などを殴られた」と主張しているにも関わらず、診療記録には被告の妻から殴られた後頭部の傷と認められる記載しかない事や、飲酒による関係者の記憶の不鮮明さなどから、「供述に高い信用性を認める事はできない」と判断。原告が主張する経緯・態様・強度で、トラブルの発端となったとされる「被告の暴行」があったと認める事は出来ないと結論づけた。
また被告の妻による暴行も、制圧の場面でのもみ合いに含まれ、「けんか闘争の一場面を離れて、不法行為と断ずることはできない」として原告の損害賠償請求は全て棄却された。
一方、被告の夫が主張する「白シャツの男」の存在を裏付ける証拠がなく、騒動の発端となったと認めなかった。
ロレックス腕時計の紛失やネックレスの破損などについても、当時は店内にほかの客もおり、誰が何をしたのか特定ができないことから、店側の不法行為を前提とした損害賠償責任を問うことはできないとし、反訴請求も棄却された。
ただ、被告の夫婦は飲み放題の料金体系を確認して入店しており、その支払い義務は発生しているため、東京地裁は11月、被告に対して飲食代金として5000円の支払いのみを命じる判決を下した。
