動物園の人気者のアルパカが、数年前から膝の脱臼を繰り返すようになった。歩けなくなる脱臼は、アルパカにとって、まさに“命取り”。そんなアルパカを助けるための取り組みを取材した。
チャームポイントは白い毛に出っ歯
山口・宇部市にある『ときわ動物園』は、世界各地に生息する約40種類の動物たちが、野生に近い環境で飼育されている。前身の動物園が開園したのは1955年。地域の人たちに長く愛され続けている動物園だ。

ときわ動物園の人気者、ラクダ科の草食動物のアルパカ。12歳になる雄のタックは、白っぽい毛と少し出っ歯がチャームポイントだ。

何やら装具を手にした獣医師と飼育員が、タックの足に装具を装着し始めた。タックも大人しく従う。
飼育員の井上海玖さんは「この装具を付けて“ひき運動(散歩)”をすることで、正しい位置で膝を固定した状態で、筋肉を膝の周りに付けるという目的です」と話す。

タックは毎朝、この特別な装具をつけて隣接する遊園地を歩き、膝周りの筋肉強化に励んでいるのだ。
命にかかわるアルパカの脱臼
現在は、元気に見えるタックだが、2023年頃から足の膝の皿、膝蓋骨がずれる脱臼を繰り返すようになっていた。

脱臼は、アルパカにとって命にかかわる怪我だ。「やっぱりジェーンのことはかなり後悔もしたので」と話す飼育員の井上さん。ときわ動物園の職員にとっては忘れることのできない辛い過去がある。
タックには、ジェーンというパートナーいた。2頭の間には、ソニア(雌・8歳)とアルバ(雌・3歳)という子どもも生まれている。しかし膝蓋骨の脱臼が両足に発生し、立てなくなったジェーンは、それが原因で、2024年に死んでしまったのだ。

井上さんは「二度と繰り返したくないというのは、当園としても思いがあるので、タックには早め早めからこうして対策をしています」と話す。

アルパカの脱臼については、まだ確立された手術方法はなく、サポーターや専用の装具なども市販のものはない。ジェーンが脱臼した際も、何とか助けたいと動物園の職員は、テーピングなどできる限りの処置を行ったものの助けることはできなかった。

獣医師としても関わっていた園長の多々良成紀さん。「死ぬ前日だったかな、テーピングをやったのも実は私だったので、私の処置が上手くなかったのかなというのはやっぱり、ずっとある」。

「朝、死んだジェーンを見つけたときも思いましたし、解剖をして、その後も暫くは。今もですけど、ジェーンに申し訳なかったな」と多々良園長は、辛そうに当時を振り返った。

前例のない挑戦 アルパカ用の装具
『脱臼で、命が失われることを繰り返してはいけない』。タックの足の重症化を防ぐ“頼みの綱”となる人物が、広島国際大学にいた。
大学の義肢装具学専攻の教室では、手や足の代わりとなる義肢やサポーターの装具を作る『義肢装具士』を目指す学生が学ぶ。
講師を務める山田哲生先生。後ろ足に障害があり、立てなかったキリンのための専用装具を製作した経験がある。また凍傷で片足を無くした大型の鳥の義足や不慮の事故に遭ったイヌの義足など、動物をサポートするさまざまな義肢や装具を製作してきた。

現在、タックが使っている専用の装具も山田先生が製作したものだ。「イヌとかネコの義足とか装具を作られている方というのは実際、何人かいらっしゃいますけど、アルパカとかキリンとか多分、誰もいらっしゃらないと思います」と山田先生は笑った。

さらに「人間と動物の骨格というのは全然、違うので、解剖学から勉強してきました。タック君に関しては膝小僧、膝蓋骨の脱臼なんで、これを止めるための形というのは、すぐアイデアとしては浮かんだんですけど、じゃあこれをずれないようにするにはどうすれば良いのかというのに苦労しました」という。
怒ったタックが唾を吐きかけることも
それはまさに前例のない挑戦。装具が“気に食わなかった”のか、怒ったタックが、飼育員に唾を吐きかけることもあった。
「人間だったら『ここが痛い』とか『ここがちょっときつい』とかって、そういうの言えるんですけど、それが全くないんで『何がいけないんだろうな』というのを考えた」と話す山田先生。何度も試行錯誤を繰り返し、現在は5作目となる。タックは気に入っているようだ。

獣医師の湯浅夏実さんは「膝が、外れてる時に固定する方法というのが、なかなかジェーンの時も見つからなかったみたいで、本当に外れてしまった時に固定できる方法があるというのはすごい心強い」と信頼を寄せる。

「義肢装具を付けると歩けるようになった、走れるようになった、そういった人の可能性、動物の可能性、それをもっと広げることができるって思ってるんです。諦めたらそこで終わってしまうんでね、諦めなかったら次へ次へといろんなことが挑戦できる」と山田先生は語った。
義肢や装具は人や動物の可能性を広げる
人間だけでなく動物にも役立つ義肢装具の可能性をより多くの人に知ってもらい、そして、タックの健康を守るため。いま、ときわ動物園ではいま、クラウドファンディングを進めている。既に第1目標の140万円を達成し、これからより良い装具を製作し続けるための費用だけでなく、飼育する場所の土を足に負担のかからない土に替えるため現在、450万円を目指している(2025年12月12日 〆切)。

各部署からメンバーが集いクラウドファンディングのプロジェクトチームを結成。返礼品となるアルパカのさまざまなグッズ作りにも動物園のスタッフが中心となって進めている。
飼育員の井上さんは「アルパカという生き物とか、足に関する疾患とか、当園のプロジェクトを通して、いろんな人に知ってもらいたい。もしかしたらどこかでタックと同じような症状で苦しんでいるアルパカがいたり、当園のソニアとアルバも、いつタックと同じようになるか分からないので、そういった子たちのための予防や治療の一助になればいい」と話す。

義肢装具士という仕事にやりがいを感じている広島国際大学の山田先生は、人だけでなくさまざまな動物の装具にも取り組んでいて「義肢や装具は人や動物の可能性をもっと広げることができる」と熱く話す。
これからもタックや多くの動物たちの命を守る取り組みに期待がかかる。
(テレビ西日本)
