肺炎のため92歳で亡くなった俳優の仲代達矢さんの通夜が13日行われました。
仲代さんが主宰する「無名塾」出身の俳優・役所広司さんが報道陣の取材に応じました。
仲代さんが亡くなった11月8日に役所さんはヨーロッパから帰国し、翌9日に無名塾で仲代さんのご遺体と面会したということで、その時の様子について「仲代さんは髭もそって本当にきれいな顔でしたね」と振り返りました。
最後に会話を交わしたのは今年5月で、スイカをもって無名塾に行った際に稽古場で「芝居やんなさいよ、舞台やんなさいよ」と言われたといいます。
また、仲代さんからどんな時に褒められたのか聞かれると、「去年、カンヌ映画祭で主演男優書を貰ったときに。ここで仲代さんがお祝いで、ここに来てシャンパン頂いたんですよね。その時、仲代さんも玄関で待っていらっしゃって、手を叩いていましたけど。すごい喜んで貰いました」と振り返った。
仲代さんの人柄について聞かれると、時折目に涙を浮かべながら、「面白い人なんですよ。世間の人たちは重厚で非常に怖いイメージかもしれないけど、もの凄くユーモアのある人で。舞台公演なんかやっているときも結構失敗したりもするんですけど、それをも楽しんで、やるような人です。面白い人です。とってもユーモアがあって。愛嬌のある…」と話しました。
仲代さんとの思い出については、「僕は本当にいい塾生じゃなくて、僕が一番怒られている。その記録はまだ破られていないと思います。謹慎処分も受けた事ありましたし。本当に親でもないのにこんなに怒ってくれる人はありがたいと感じていました」と懐かしそうに振り返りました。
仲代さんに言われて心に残っている事については、「初めて仲代さんのドラマに出させて頂いた時に、緊張してNG出しちゃいけないとなって自分の台詞を用心しながら喋っていたのだと思います。その時に仲代さんが台詞を用心するな、NG出してもいいから、台詞は用心しちゃいけない。と言われたんですよね。それは何か、いつも自分が仕事をするときにはよく思い出します。用心しないようにするにはそれだけ準備しなさいってことなんですけど。それは記憶に残っています」と恩師の言葉をかみしめた。
最後に、きょう仲代さんにかけた言葉を聞かれると、「ありがとうございますですね。塾生にとっては無償で教えて頂いて、貴重な時間ですよね。仲代さんは40歳超えたくらいから始められましたけど。仕事もしないといけないし、大変な時期に時間を割いて、ものになるなるかならないかも分からないような僕たちに教えてくれるわけです。それは、本当に感謝するしかないと思います」と、恩師への感謝の言葉を繰り返した。
仲代さんは1932年東京都生まれ。黒澤明監督作品の「用心棒」「影武者」「乱」に出演した他、成瀬巳喜男監督、岡本喜八監督、市川崑監督、五社英雄監督など、日本を代表する名監督の作品に多数出演しました。
アカデミー賞とカンヌ・ヴェネツィア・ベルリンの世界三大映画祭全てで出演映画が受賞した実績を持っています。
仲代さんは、1975年に自宅にあった小さな稽古場から生まれた無名塾のトップとして役所さんや益岡徹さんなど多くの後進も育てました。