駅ではなく街角に「0番線」がある?
扉の向こうは線路や駅舎が織りなす巨大ジオラマの世界。鉄道ファンが集まり、思い思いに列車を走らせる。廃線となった三江線を愛する店主が営む“没入型カフェ・バー”を訪ねた。
広島の風景を小さな世界に
夜の帷が降りる広島駅近く。広島市東区のJR西日本中国統括本部が入るビルの向かいに、その名も「0番線の記憶」というカフェ・バーがある。

2025年3月にオープンした新しい店だが、扉を開けると、どこか懐かしい風景が目の前に広がった。
ジオラマの中をミニチュア車両がカーブを描きながら走り抜けていく。大きな川にかかる長い鉄橋。その奥には白い橋が連なっている。
「この風景、どこかに似ていると思いませんか?」
取材に訪れた野川キャスターにそう声をかけたのは、オーナーの桧垣りかさん。

「どこかの風景…。横川ですか?」
「近いです。奥の線路は可部線、手前の線路は山陽本線をイメージしています」
「なるほど。横川を過ぎて、グイーンと曲がって可部線は離れていきますもんね。この川幅や緑地帯もヒントでしたね」
「そうです。太田川です」
そんな会話をしながら眺めると、確かに見慣れた広島の風景に似ている。

この店のジオラマはあくまで“再現”ではなく“イメージ”。「妄想鉄」という言葉がぴったりだ。
沿線の街並みも自由にレイアウトされ、見る角度を変えるとJR芸備線の志和地駅にも狩留家駅にも見える。
「この景色、見たことあるかも」――そんな妄想を膨らませながらコーヒーやお酒を楽しめる店だ。
「1線500円」 ジオラマを自分の手で
店内の半分近くを占める巨大ジオラマはまだまだ未完成。1線500円(30分)でレンタルされ、車両は貸し出し無料なので、初心者でも気軽に鉄道模型にチャレンジできる。
この日、店では桧垣さんの夫や鉄道好きの中学生たちが黙々と作り込んでいた。

ジオラマ制作を手伝う中学生も筋金入りだ。中学2年生の田邉幹基くんは227系レッドウィングの模型を広電カラーに塗り替え、グリーンムーバーマックス仕様に改造していた。これには鉄道ファンの野川キャスターも思わず脱帽。
同じく中学2年生の沼田蒼空くんは厚紙を使ってわずか20分で“野川第一踏切”を完成させ、店内が笑いと拍手に包まれた。
月に5回も通うという常連客もいる。
「広島の白牡丹を一杯飲みながら、自分の車両を走らせるのが楽しみでしてね」
そう言ってコントローラーを操作し、日本酒片手にしばらくジオラマを眺めていた。

さらにリクエストすれば店内は夜景モードに…。薄暗い中に車両の室内灯だけが浮かび上がり、まるで本物の夜行列車のようだ。
「同じ趣味を持つ人が世代を超えて話せる。そういう価値があるんです」
ここでは鉄道ファンはもちろん、誰もが小さな世界に没入できる。
廃線となった三江線の“0番線”から
野川キャスターはジオラマを見渡せるカウンター席に座った。
なんと、人気の寝台特急「サンライズ」にちなんだカクテルがあるという。岡山駅で連結するサンライズ出雲と瀬戸をイメージし、日本酒と発酵飲料を“7両+7両”のように70ccずつ合わせてシェイク。遊び心満載のカクテルにも鉄道愛があふれている。

「いい香りがしますね。あ、おいしい。口当たり滑らか」
コースターにも「ゼロ番線の記憶」の文字。野川キャスターが店名の由来を尋ねると、桧垣さんは静かに語った。

「私、三江線が大好きだったんです。三次駅の三江線のりば“0番線”ホームから付けました」
かつて、広島県と島根県を流れる江の川沿いを走っていた三江線。2018年に廃線となったが、今も多くの人の心に残っている。

「人によって、“自分の0番線”があると思うんです。私にとっては三江線ですが、人それぞれ思い出す駅が違うはず。自分の0番線に思いを馳せてもらえたら」
1番線でも2番線でもなく、0番線の記憶。そのホームから眺めた景色はいつまでも色褪せない。
あなたの0番線はどこ?
(テレビ新広島)