岩手県盛岡市から石川県小松市へ。長年保存されてきた貴重な食堂車「サシ481-48」が新たな使命を帯びて移送された。この車両は、かつて国鉄時代に東北本線の特急「やまびこ」として活躍し、多くの乗客に愛された食堂車だ。能登半島地震からの復興に役立てたいという思いから、38年間所有してきた男性が無償譲渡を決断した。
38年間守られてきた国鉄時代の宝物
岩手県盛岡市上太田の建設会社の敷地内に長年佇んでいた鉄道車両がある。
「サシ481-48」と呼ばれるこの車両は、1972年に製造され、国鉄時代に東北本線を走る特急「やまびこ」の食堂車として活躍してきた。
錆が目立つこの車両は観光資源として再利用することになり、12月6日にクレーンを使って運び出されようとしていた。
所有者の山崎賢一さんは車両の引退後に買い取り、38年もの間大切に保管。一時は喫茶店として活用し、その後は物置として利用してきた。
山崎さんにとって思い出深い車両であり、「一番思い出にあるのは、友達が結婚するとき、ここで披露宴をやった」と語る。
能登半島地震が繋いだ縁
この食堂車に熱い視線を送っていたのは、石川県小松市在住の岩谷淳平さん、鉄道愛好家で構成するNPO法人「北国鉄道管理局」の代表だ。
今回の搬出の前から度々、山崎さんのもとを訪ねていた岩谷さんは「やっと準備も終わって、本当に見守られながら旅立ちの時を迎えられるんじゃないか」と話す。
岩谷さんによると、国内で活躍したこの形式の食堂車のうち、現存するのは盛岡市にある「サシ481-48」ただ一つという貴重なものだった。
石川県でも走っていた思い出の食堂車を観光に生かしたいと考えた岩谷さんは、2023年の年末に山崎さんに譲渡を持ちかけた。
当初は躊躇していた山崎さんだが、その直後の元日に能登半島地震が発生。迷いは吹き飛んだ。
山崎さんは「能登半島地震で皆さん悲しんでいる。（車両を）持っていけば子どもたちの夢が広がる」と、無償で譲渡することを決断した。
「娘を嫁に出すような気持ち」
岩谷さんが運営するNPO法人は、これまでにもボンネット型の特急車両を復元し、小松市内の公園に展示してきた実績がある。
今回譲り受けた食堂車は、修繕後にそのボンネット型車両と連結する形で展示することが検討されている。
岩谷さんは「大事に使うことができると思うので、頑張って修理して（山崎さんの）思いをつなぐのが夢ですね」と語る。
小松への移送費用はクラウドファンディングで調達され、681万円が集まった。陸送の許可が下りた12月6日、いよいよ車両の運び出し作業が始まった。
長さ20メートル、重さ28トンの車体を移動させるには、喫茶店として使用する際に台車の車輪と線路を溶接していたため、それを外す作業が必要になるなど、搬出は1日がかり。
作業開始から6時間後、クレーン車によって車体は吊り上げられ、トレーラーの荷台に収められた。
その様子を見つめていた山崎さんは「復興に役立つのであれば差し上げますと話した。娘を嫁に出すような感じですね」と、複雑な心境を語った。
石川で新たな使命を担って
同日の午後9時、食堂車を乗せたトレーラーは秋田港へと向かい、その後フェリーで石川県小松市へと運ばれた。
岩谷さんは「能登半島地震がきっかけでこの縁をいただいた。この電車がもたらすもの、架け橋になるものが多々あると思う」と期待を寄せる。
今後は外装や内装の修繕費用をクラウドファンディングで募り、2年をかけて復元作業を進める予定だ。
かつて多くの乗客を乗せ、食事を提供した食堂車が、今度は能登半島地震からの復興の象徴として、新たな形で人々に希望を届けることになる。
