■心肺停止でドクターヘリ搬送 蘇った男性の奇跡

富山市大沢野地区に住む金垣啓次さん(71)は昨年4月、自宅で薪小屋を作業中に突然倒れ、心肺停止状態に陥った。

「AEDやら色々しても別にうんともすんとも言わないし、救急の方が来られても”全力を尽くしますとしか言えません”と言われた。あの状況を見たらまさか生き返るなんて思わなかった」と長男の恭史さんは当時を振り返る。

金垣さんはドクターヘリで病院に搬送された。心肺停止から60分が経過していたにもかかわらず、奇跡的に一命を取り留め、後遺症も残らなかった。退院後、無事に70歳の誕生日を迎えることができた。

「本当にラッキー。嫁さんには”あんた命もらったんだから大事にせんなんよ”と毎日のように怒られとんがです。2回目の命を長生きせんなんなあと思っている」と金垣さんは笑顔で語る。

■10年で6461回の出動 富山の空の救命救急室

2015年8月、富山県にドクターヘリが導入されてから今年で10年が経過した。「傷病者にいち早く医師が接触し医療につなげる」という使命のもと、8月末までに累計6461回の出動を重ねてきた。

富山県立中央病院はドクターヘリの基地病院となっている。フライトドクターとフライトナースは当番制で、病院内での業務をこなしながら緊急出動に備えている。当番の日には白衣ではなく、専用のフライトスーツに身を包む。

「一応トランシーバーなどの装備があるので、白衣だとポケットが少ないんです。一日これでいつでも行ける格好で待機しています」と大屋江里子看護師は説明する。

ドクターヘリは富山県全域に加え、岐阜県の飛騨高山もカバー。県内の現場なら10分ほどで到着できる。コンパクトな地形が特徴の富山県は、もともと「救急車の到着が日本一早い県」として知られており、ドクターヘリの導入には当初、慎重な意見も多かった。

富山県立中央病院救命救急センター部長の松井恒太郎医師はこう語る。「いくら救急車で早く運べると言えども、医療の介入によって治療が早くなる。医療者が現場に行くことによって診断が早くなり、患者をどの病院に連れていけばいいかという判断も早くなる利点がドクターヘリにはある」

■時間との闘い 患者を救うための判断と連携

ドクターヘリでは1分1秒を争う場面も少なくない。取材中にも出動要請があった。50代男性が工事現場で倒れ意識がないという通報だった。

ヘリはランデブーポイント(救急車と合流する場所)へ向かったが、当初予定していた場所は駐車場に車が多く着陸できなかった。5キロ離れた南砺消防署から消防車両で救急車と合流することになった。

「60分以内が行けるかどうか。ECPRは適応だと思いますが結構厳しい」。医師たちは救急車に同乗しながら、患者の心停止からの経過時間と、人工心肺(ECMO)につなぐ限界時間を考慮して判断を重ねていく。

搬送先は県西部唯一の救命救急センターがある厚生連高岡病院に決定。近くのランデブーポイントまで運び、再び救急車で搬送した。

しかし、多くの命を救ってきたドクターヘリでも助けられない命もある。この日の症例について、医師は「総合的に悔しい症例でした」と振り返った。

「時間的因子を短縮できたかどうか。救急車もランデブーポイントから向かい、我々もランデブーポイントから向かうと合流を最優先するしかなく…あの時間短縮は我々が現場に着いていてもできなかったかもしれない」

■進化するドクターヘリ運用 10年の成果と課題

フライトドクターの中山祐子医師は「決してみんながみんな、ヘリが必要な人ばかりではないけれど、その中でも時間が命のような人も何人かいる。その時のためにも早く接触する訓練や準備はするべき」と語る。

運航開始当初、富山県のドクターヘリの出動要請は全国的に多く、2016年には全国9位。しかし要請後のキャンセルや「通常通り救急車での搬送で良い」と判断される例も少なくなかった。

こうした状況を改善するため、消防や病院スタッフが集まって症例検討会を定期的に開催。出動を要請する基準の見直しなどを行い、ヘリの適正運用を進めている。

また、ランデブーポイントも2015年の運航開始当初は333カ所だったが、現在は613カ所(2025年8月時点)まで増加。ドクターヘリの活動が認知・理解され、当時は認可が降りなかった民間のゴルフ場なども新たに加わったという。

「何よりもドクターヘリがなかったら亡くなっていた命がそこにあって、お話もできて生きておられるというのは、私たちもですが、ご家族みなさんが非常に感謝しておられる」と松井医師。

「助けられる命が助けられるようになった。10年前にはなかったことですよね。ゼロがイチになった。今後の我々がやっていくこととしては、新しいことはできないかもしれないですけれど、それを維持していくことが課題なのかなと思っています」

患者を1秒でも早く医療につなげる。10年の歳月を経て、富山の空の救命救急室は今日も命をつなぐために飛び続けている。

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