バタークリームで作られた「たぬきケーキ」。“ケーキ界の絶滅危惧種”と言われるほど作る店は少なくなってきたが、令和の今もその魅力で人々の心をつかみ、根強い人気を誇る昭和生まれのスイーツだ。鹿児島県内で愛されているたぬきケーキを探ってみた。
世代によって異なる認知度
たぬきケーキとは、その名の通り「たぬき」の形をしたケーキのこと。ロールケーキなどで作られた胴体に、頭部はバタークリームで形作られている。街の人に知名度を聞いてみると世代間で大きな差があった。
20代の若者からは「見たことないです」「知らないです」という声が聞かれる一方、50代からは「あー、昔よく見かけた」「知ってます、知ってます。よく食べていました」と懐かしそうな反応が返ってきた。
昭和30年代に日本のどこかのケーキ屋で誕生し、昭和40~50年代に全国的な存在となったという、たぬきケーキ。当時は高価だった生クリームの代わりにバタークリームが使われていたそうだ。昭和の時代には定番のケーキだったが、時代の流れとともに作る店が減少し、現在では“ケーキ界の絶滅危惧種”と呼ばれるように。
令和の時代にその“絶滅危惧種”はどこにいるのか?鹿児島市原良のケーキ店をたずねた。

大きな目が特徴の「ポン吉」
鹿児島市原良にある昭和45年創業の「おかしのよしくら屋」では、15種類ほどのケーキの中にたぬきケーキが並んでいた。店を訪れたお客さんは「この間来て、おいしくて懐かしかった。リピーターに」「小学生の頃、給食でクリスマスケーキとして出されていたような記憶がある」と語る。
たぬきケーキの魅力の一つは、お店ごとに異なる顔や形だ。よしくら屋のたぬきケーキ「ポン吉」の特徴は、その大きな目。バタークリームの「白目」にチョコレートで「黒目」を大きめに入れている。
同店の吉村修治さんは「大きさとかタレ具合とか。目がデカいほうがかわいいんですけどね」と話す。毎日30個ほどのポン吉がショーケースに並び、「見に来るというか、『ありますかー?』という感じで買いに来てくださる。昔からずっとトータルでよく売れている」とのことで、絶滅危惧と言われながらも存在感は抜群のようだ。

ファンが作るたぬきケーキグッズで世代を超えた交流
たぬきケーキの魅力に取りつかれてグッズまで制作する人もいる。鹿児島市のイラストレーター・すずきふたこさんは、8年前にたぬきケーキと出会い、県内のたぬきケーキを食べ歩くようになった。巡りあった「たぬきケーキ」は調査記録としてまとめ、「狸ケーキ図鑑」などのグッズも制作している。

すずきさんは「生き物を模したものなので、買いに行くというより捕まえに、会いに行くとか、擬人化じゃないけどキャラクターとしての楽しさみたいなもの。食べるだけじゃなくて」と独特の楽しみ方を語る。
「たぬきケーキを知っている人は『あ~懐かしい』って。昔はよく見たよねー、最近見ないよねー、って言われたりする」と、すずきさんが制作するたぬきケーキグッズは、世の中が忘れかけているたぬきケーキの魅力を広め、世代を超えた交流のきっかけにもなっているという。

ふるさと納税の返礼品になった「ポン太くん」
昭和レトロな魅力が満載のたぬきケーキだが、実は令和の時代にも対応している。さつま町鶴田の昭和29年創業「お菓子のかたおか」のたぬきケーキ「ポン太くん」は、ふるさと納税の返礼品にもなっている。
昭和57年に誕生した「ポン太くん」は、ココアロールにバタークリームをコーティングした王道のたぬきケーキ。5年ほど前から、「幸せの黄色いポン太くん」(レモンチョコ)、「しろちゃん」(ホワイトチョコ)、「茶ちゃ丸」(抹茶チョコ)、「さくらちゃん」(イチゴチョコ)と、次々に仲間が増え、「ポン太くんと仲間たち」というネーミングで、全国からふるさと納税返礼品のオーダーが来るという。

同店の片岡利美さんは「『かたおか』の要というか。ポン太くん、たぬきケーキあっての『かたおか』だ」と語る。ファンからは手紙やたぬきグッズが送られてくることもあるという。
43年間、味を変えずにポン太くんを作り続けているのは店主の片岡昭一さん。「こんなおじさんが作っていますけど、『かわいいですよ』って」と笑う。「この間、里帰りした近くの女の子が、おじちゃんのケーキがおいしかったって。うれしいですよね。そんなことを言ってくれると」と語る姿からは、たぬきケーキへの愛情が伝わってくる。
昭和生まれのたぬきケーキ。
作るお店の数は少なくなっているが、きょうもどこかのお菓子屋さんで、おいしさと一緒に昭和の懐かしさを届けている。