1978年8月12日、鹿児島・日置市の吹上浜で市川修一さんと増元るみ子さんが北朝鮮に拉致された。それから47年たった2025年8月23日、鹿児島県庁で拉致問題についての勉強会が開催された。注目すべきは、この勉強会を企画から運営まですべて高校生たちが担ったことだ。自分たちが生まれる前の出来事に向き合うその姿を追った。

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「拉致問題を自分事として考えてほしい」 高校生の熱意

「今、風化が懸念されている北朝鮮による日本人拉致事件を、自分事として考えるきっかけにしてほしい」
川内高校2年の羽島奈穂さんはこう語る。羽島さんは2024年12月、全国の拉致問題に関する作文コンクールで入賞した鹿児島の高校生たちと共に、同世代の若者向けの勉強会を企画した。
「自分で勉強するうちに『怖い』と思うだけでなく『怖い』の先にある勇気を出して何か行動を起こさないといけないと気付いた」と羽島さんは自身の思いを語る。
勉強会を成功させるため、羽島さんたちは約2カ月にわたり何度も打ち合わせを重ね、プログラムから会場のレイアウトまで、細部にわたって準備を進めてきた。

勉強会を企画した4人の高校生(2024年撮影)
勉強会を企画した4人の高校生(2024年撮影)

高校生たちの手による本格的な勉強会

いよいよ勉強会当日。会場には企画を進めてきた4人の高校生だけでなく、それぞれの友人たちも協力し、資料準備や会場設営を自分たちの手で行った。
「何も知識はないですけど(拉致のことを)学べたらよいなと思って」と参加した友人も意欲的だ。
羽島さんの「行動に起こしてもらいたい。『私も一緒に考えた』という気持ちになってほしい」という思いをみんなで話し合い、参加者が拉致問題に関するキャッチフレーズを考え、勉強会の帰りに貼るボードも設置した。

企画した高校生の友人たちも意欲的に参加 
企画した高校生の友人たちも意欲的に参加 

拉致被害者・市川修一さん家族と高校生たちの熱いメッセージ

勉強会では、市川修一さんの兄・健一さん夫妻も参加。甲南高校2年の福留豪希さんが拉致事件の経緯を説明した後、健一さんは「この拉致問題を忘れないでください。皆様方のお力をどうか、どうか私たち家族にお貸しください」と訴えた。

当初は中高生を対象としていた勉強会だったが、様々な世代から参加希望があり、会場には35人が集まった。そんな来場者を前に、高校生たちは熱い思いを語った。

会場には様々な世代の35人が集まった
会場には様々な世代の35人が集まった

羽島さんは「拉致問題は過去の出来事ではない。関心を持ち、応援することに年齢は関係ない。拉致被害者全員の『ただいま』の声を聞くその日まで私も諦めない」と、まっすぐに思いを述べた。

甲南高校1年の田村源太郎さんは「僕たちは決して忘れてはいけない。拉致は重大な人権侵害であり、断じて許してはならないことだ」と訴え、福留さんも「修ちゃん帰る、必ず帰る」と力強く語った。

広がる輪と変わらぬ思い 「ただいま」と帰ってくるその日まで

勉強会を終えた市川健一さんの妻・龍子さんは「最初から最後まで涙、涙でもう。頑張ってきてよかった」と感慨深げに語った。健一さんは「高校生の皆さんはまだ生まれていないときに起きたこの拉致事件。共に戦ってくれる。本当にありがたい。心から感謝している」と高校生たちの活動に感謝の言葉を述べた。

高校生たちの活動に感謝の言葉を述べる市川健一さん
高校生たちの活動に感謝の言葉を述べる市川健一さん

参加者からも「遠い話だと思っていたけど『人ごとじゃないんだ』と思って、これから私たちにできることがあればやっていきたい」「拉致問題は昔の問題ではない。それを友達に教えていきたい」など前向きな感想が寄せられた。

羽島さんが初めて拉致問題に触れてから2年。当初は周りに同世代の仲間はいなかったが、彼女の熱意は年齢や学校を超えて広がり、今回の勉強会につながった。

「本当にホッとしたというか、終わって伝えたいことを伝えられて、よかったという安堵の気持ち。(自分の活動が)誰かの拉致問題を考えるきっかけになっているというのが、これからも続けていこうという原動力となる」と羽島さんは語る。

今後の活動の広がりについて希望を語る羽島さん
今後の活動の広がりについて希望を語る羽島さん

「今度はきょう来てくれた中高生が友達に、どんどん派生していくように輪が広がっていけば」と願う羽島さん。市川修一さんの「ただいま」の声を聞くその日まで、彼女の活動は続く。

鹿児島テレビ
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