高層ビルが立ち並ぶ韓国・ソウルの中心部の一角に「チョッパンチョン」と呼ばれる地域がある。日本語に訳すと「狭い部屋の村」。そこで暮らす70歳の男性は自身の部屋を「格子のない牢獄」と話す。

格子のない牢獄で暮らさざるを得ない男性、その背景に韓国で深刻化する“高齢者の貧困”があった。

タロットで就職先占い…働かざるを得ない高齢者

10月14日、ソウル郊外で50代から70代を対象にした就職説明会が開かれた。

韓国では最近、中高年を対象にした就活イベントの需要が高まっている。

韓国政府が今年公開したデータによると、2023年時点で、国内の65歳以上の高齢者のうち37.3%が働いているという。これは日本の25.3%を上回り、先進国が中心に加盟するOECD(経済協力開発機構)平均の3倍近くにあたる。

ソウル郊外 就職説明会を訪れた参加者の列
ソウル郊外 就職説明会を訪れた参加者の列
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説明会には採用を検討している企業約100社が出展。会場には美容大国・韓国らしくメイク講習やパーソナルカラー診断のブースのほか、タロット占いのブースも用意されていた。

占い師に就職先を相談する男性(65)
占い師に就職先を相談する男性(65)

今年65歳になるという男性が占い師に「いい仕事は見つかるだろうか?」と相談していた。

占い師がタロット占いで男性の運気を占う。男性が引いたタロットカードは統率力などを示す「皇帝」だった。占い師は「いい仕事が見つかる」とアドバイスを送ると男性はホッとしたような表情を見せた。

この男性は10年間経営していた飲食店を廃業し、現在はビルなどの夜間清掃の仕事をしているという。しかし、体力的にきつく、より負担の少ない仕事を探すため会場を訪れていた。

韓国では“働かざるを得ない高齢者”が増加している。韓国の老人人力開発院によると、115歳で働いている人もいるとされる。

無料食堂に高齢者の列…背景にぜい弱な年金制度

2023年に公開されたデータによると、66歳以上の高齢者の貧困率は日本が20%なのに対し、韓国は40.4%と日本の倍以上で、OECD加盟国の中で最悪だ。高齢者は生きていくために働かざるを得ない状況に置かれている。

ソウル市内の無料食堂に並ぶ高齢者たち
ソウル市内の無料食堂に並ぶ高齢者たち

ソウル中心部の鍾路(チョンロ)、日本人観光客にも人気の広蔵市場から徒歩10分ほどの場所に行列ができる食堂がある。

食堂と言っても誰もが利用できるわけではない。行列を見ると並んでいるのは高齢の男女ばかり。ここは高齢者のための無料食堂だ。

この30年ほどの間で整備され、ソウル市内には自治体が運営する施設だけで200カ所以上、さらに宗教団体やボランティア団体が政府の支援を受けながら運営する施設もあり、最後のセーフティネットとして機能している。

無料食堂で食事をする高齢者たち
無料食堂で食事をする高齢者たち

取材した食堂は週3日運営していて、午前10時のオープン前には毎回行列ができる。

食事を終えて出てきた男性(80歳)は、週3日欠かさず訪れているといい、「お金がないからもらい食いをする。ここがなければ飢えるしかない」と話す。仕事を探すも見つからないという男性、なんと年金も一切ないという。韓国で高齢者の貧困が深刻化している背景の1つにあるのがぜい弱な年金制度だ。

韓国で年金制度が導入されたのは1988年。1961年に制度を導入した日本に比べて歴史は浅く、韓国の高齢者の年金受給率は51.2%にとどまっている(2023年時点)。

ちなみに、日本では65歳以上がいる世帯の95%超が年金を受け取っているとされる(厚生労働省が2019年発表)。さらに、年金制度の構造にも問題がある。

日韓の年金制度 イメージ図
日韓の年金制度 イメージ図

日本の公的年金が国民年金と厚生年金の2階建てなのに対し、韓国は基本的には国民年金のみだ。

韓国政府の最新の調査(2023年)では、年金受給者が受け取った金額は私的年金などを合わせても、ひと月平均約69万5000ウォン、日本円で7万4000円ほどしかない。

韓国の国民年金研究院の調査では50代以上の人たちが最低限の生活を送るためには、日本円で15万円近く必要ということが明らかになっていて、年金だけでは生活できない現状だ。

“チョッパン=狭い部屋”で暮らす高齢者

ソウル駅のすぐそば、高層ビルが立ち並ぶ一角に年金をもらえない高齢者などが暮らす“チョッパン”が集まる地域を訪れた。

ソウル駅すぐそばのチョッパンが集まる地域
ソウル駅すぐそばのチョッパンが集まる地域

「チョッパン」とは韓国語で「狭い部屋」を意味する。この地域には2畳ほどの「チョッパン=狭い部屋」が密集している。

ソウル市によると市内には大きなチョッパンチョンが5カ所あり、2300人以上が暮らしているという。

広さ3畳ほどのチョッパン
広さ3畳ほどのチョッパン

チョッパンで暮らす男性(75)が部屋の中を見せてくれた。

まっすぐ横たわって寝るのも難しいくらい狭い部屋の中にエアコンはなく、風呂・トイレも共同。月の家賃は33万ウォン(日本円で約3万6000円)だという。

この部屋で暮らして10年ほどで、仕事はせず年金もない。日本でいうところの生活保護を受け取りながら生活している。男性は「与えられるままに生きていく」と話した。

チョッパンが集まる地域で約40年暮らす男性
チョッパンが集まる地域で約40年暮らす男性

この地域で商店を営む男性(70)と出会った。

約40年前に田舎の畑をすべて売り払い、建物の1階部分を購入し、店をやりながら暮らしているという。しかし、店は大人1人がやっと通れるほどの幅しかなく、男性が暮らす居住スペースも2畳ほどしかないチョッパンだ。

男性は田舎の土地を売ってチョッパンを購入した
男性は田舎の土地を売ってチョッパンを購入した

男性は自身の部屋を「格子のない牢獄」と例えた。

年金はもらえず、教会などが配る弁当で食いつないでいる状況だ。

高齢者の貧困を解決するためには「小さなものでもいいから仕事を作らないといけない」と話す。ただ、チョッパンチョンで暮らす良さもあるといい、男性は「ここには豆一粒でも分けようという情がある。マンションの20階だと隣の部屋で死んでいても分からない。ここは家族みたいだ」と話した。

1日平均10人超が自殺

高齢者の貧困は韓国社会に暗い影を落としている。

高齢者の自殺率は増加し、1日平均で10人以上が亡くなっているとされる。韓国では高齢者の雇用機会を確保するため、高齢者とする年齢を現在の65歳から70歳に引き上げることも専門家の間で議論されているが、抜本的な解決策はいまだ見えていないのが現状だ。

高齢化が進むのは日本も同じ。“老後の安心”をどう守るのか。韓国の現実は、私たちにとっても決して他人事ではない。

濱田洋平
濱田洋平

FNNソウル支局特派員。1988年熊本県生まれ。テレビ西日本で福岡県警キャップ・行政キャップなどを担当、報道番組「福岡NEWSファイルCUBE」のディレクターとして新型コロナにおける医療問題や旧統一教会などを取材。2024年8月から現職。