7月の陸上インターハイ男子100mで日本高校記録をマークし、一躍陸上界のスターとなった星稜高校の清水空跳選手。その規格外の走りを徹底検証する。

10秒00「自分でも衝撃のタイム」

2025年7月、広島県で開催された陸上のインターハイ。星稜高校2年の清水空跳選手が100mで10秒00をマークし初優勝を果たした。レースの後、清水選手は「自分でも衝撃のタイムなんですけど、伝説を作ったのかなという気がします」と興奮気味で話した。

星稜高校で練習する清水空跳選手
星稜高校で練習する清水空跳選手
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10秒00というタイムで日本高校記録や18歳未満の世界記録など多くの記録を塗り替えた清水選手。その速さはどこから来るのだろうか。

質を重視した独自の練習法

8月19日、メディア向けに公開された星稜高校陸上競技部の練習。清水選手たちが取り組んでいたのは、正しい体の使い方を身に付ける「ドリル」と呼ばれる練習だ。星稜高校陸上競技部顧問の西野弥希先生は「走り込みとかウェイトトレーニングとかを一切しないで、体の使い方のドリル系を徹底的にやります。上手に体を使うことが一番記録を出すための近道かなと」と話す。

一日の練習時間は2時間ほど。その中で練習の量よりも質を大切にするスタイルが清水選手の好成績に結びついているという。清水選手は「走り込みはつらいのでうれしいです。星稜の練習は一つ一つの動作を考えて、どこを動かしたらこうなるっていうのをイメージしないといけないので、考えないといけないところは多いのかなと思います」と話す。

星稜高校の陸上競技部は2025年のインターハイに県内最多の25人が出場するほどの強豪校。しかし、その中でも清水選手の存在は異色だという。清水選手とともに100mと200mでインターハイに出場した直江健之介選手は「スタートも速いんですけど、後半からどんどん引き離される感じがして、やっぱりレベルが違うなって思います。清水選手が入学して、最初は『負けられんな』って感じだったんですけど、入学したら全然練習の質も違うなって思って『これは勝てんな』って思いました。僕が何十回もやらなきゃならないことを数回で身に付けてしまうような感じです」と話す。

直江健之介選手
直江健之介選手

全国レベルの選手でも次元が違うと話す清水選手は陸上競技を始めた頃から凄かったのか。清水選手が通っていた金沢市少年陸上教室の野村泰裕監督は「ごく普通ですよ、遅くもなく特別速くもなく」と振り返る。

目立つ存在ではなかった

小学4年生から陸上競技を始めた清水選手。始めたばかりの頃は今ほど目立つ存在ではなかったというが、その中でも野村監督の印象に残っていることがあるという。「体の使い方が上手なので、新しい動きなんかもすぐできたと周りの子は言っていましたね。陸上トラックではこういう風に走ればいいんだということが分かったんでしょうね。それで記録の伸びは大きかったですね」

野村泰裕監督
野村泰裕監督

抜群のセンスで走りのコツを掴み、陸上を始めた3年間で100mのタイムを4秒も縮めた。その結果、中学3年生の時には全中優勝を成し遂げるまでに成長。そんな清水選手に野村監督が常日頃伝えていたことは「楽しく運動する、それが一番ですよね。好きこそ物の上手なれで」とのことだ。

陸上競技を楽しむ。その教えは今の競技生活に生きている。「星稜を選んだ一番の理由として部活の雰囲気が明るくて、そこがいいなと思っています。自分は9秒台を出してオリンピアンになるのが一番の目標なので、そういった部分にはやっぱり雰囲気が一番大事じゃないかと今の時点では思っているので、こんな雰囲気が続けばいいなと思っています」と清水選手は話す。

世界的な選手との共通点

体の使い方の基礎を学ぶ練習と、競技を楽しむことができる環境。この2つが清水選手を大記録に導いた。では、その走りの何がすごいのだろうか。金沢星稜大学人間科学部の大森重宜教授(65)を訪ねた。1984年のロサンゼルスオリンピックで男子400mハードルに出場し、その後は2度のオリンピックで陸上日本代表のコーチを務めるなど、世界を知る人物だ。そんな大森教授に清水選手の凄さを聞くと「地面からの反力をちゃんともらえるということ、無駄な動きがないことですね。スムーズに体を動かすことができる」と話す。

大森重宜教授
大森重宜教授

清水選手の走りは地面を蹴った時に得られる上向きの力を無駄なく前に進む力に変えているというのだ。それは走りのある部分に現れていると大森教授は指摘する。「腕が大きく前の方に振れる。具体的に言うと手が顔の辺りまで。走りのタイミングがちょっとでもずれると腕が前に来ないです。世界的な選手はほぼ大きな腕ふりができているんですけど、全国の高校生の中で頂点を目指そうっていうレースでも清水選手の腕ふりが一番大きかったですよね」

また足が地面に着くタイミング、いわゆる接地についても清水選手は世界レベルだと大森さんは強調する。「ボルトの世界記録を破ろうなんてことを考えたら接地している時間がとにかく短くなきゃいけない。ボルトたちは接地の時間が0.08秒から0.09秒というところなんですが、清水選手もそのレベルに達しているんですよね」清水選手の身長は164㎝。世界記録を持つウサイン・ボルト選手とは30㎝以上も差があるが、この身長にも速さの秘密が詰まっているという。

「100mはスタートダッシュが大事ですから、加速をしている段階では脚が短い方が回転が速い訳ですから得なわけですね。ストライド(歩幅)とピッチ(脚の回転)はトレードオフですから。なおかつ清水選手は180㎝くらいの身長の選手が大きく走るような走りを164㎝の身長でやっていますから、すごく逆に速いわけですよね。体が大きな動きをしているんですけども身長が低いですから加速に乗りやすいということになります」164㎝という身長も武器になっているというのだ。

人類の限界に挑む

世界トップクラスの接地時間と大柄な選手のような走りで10秒00という規格外の記録をマークした清水選手。今後の目標については「今16歳なので、来年の17歳でまずは9秒台というものを出したくて」と話す。日本人では過去に4人しか到達していない9秒台。高校在学中の達成を目指す清水選手に実現の可能性はあるのか。大森教授は「歴代のスプリンターはスタートから60mくらいで速度のピークが来まして、そこから減速していくんですけど、減速をいかに小さくするか。今回の10秒00を出したレースも最後の7、8mのところからさすがの彼も体が浮いてしまうという現象が起こっていました。減速がないようにするためにはどうしたらいいかを考えなければいけない。それがうまくいったら9秒7か8で走れるんですけど、ここはなかなか難しいですよね。人間が速く走るということについてのある種の限界まで、清水選手は来ていると思いますね」と話す。人類の限界のその先へ。清水選手は「3年後の19歳・20歳になる時にはロサンゼルスオリンピックを目標にしたくて、日本の頂点であり続けるような選手になりたいです」と前を向く。

(石川テレビ)

石川テレビ
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