あなたは「狐の玉」というものをご存知だろうか?キツネの不思議な力が宿るとされ、平安時代の説話集「今昔物語集」には、玉を人間に奪われ霊力を失ったキツネの話が描かれている。空想の産物にも思えるが、実は、福井県内には“実物”とされるものが密かにまつられていることが分かった。謎に包まれた「狐の玉」調査した。
“家に幸運をもたらす”信仰
まずは、福井県美浜町在住の民俗学者・金田久璋さんに、「狐の玉」について話を聞くことに。金田さんが初めて目にしたのは40年程前だという。

「狐の尾の根元あるフワフワとした毛玉で、ものすごい呪力・神力が宿っているという、まさしく“恐るべき玉”といわれている」

金田さんは県内各地を調査し、2021年にはその成果を論文として発表した。論文では「狐の玉」そのものは全国に点在するものの信仰対象としてまつる例は非常に少なく、特に福井県の嶺南地方に集中してまつられていることを日本で初めて明らかにしたのだ。

金田さんによると「狐の玉」は、神社のキツネの像がくわえているような硬い石のような物ではなく、柔らかい毛玉状で「それが家に幸運をもたらすという信仰が若狭(嶺南地域)に点々とある」という。
かつて金田さんの調査に協力した2人が、今回、特別にその玉を見せてくれる事になった。
“人目に触れてはならない”との言い伝え
まず向かったのは、小浜市の大澤岩彦さん(83)の自宅。2代目当主が購入した「狐の玉」を代々、大切に受け継いでいるという。「2代目が残した永代帳に、明治11年の9月に小野さんという方から狐の玉を買い求めたと記録してあるんです」

確かに、見せてもらった永代帳には、「白狐の玉」を買い求めたという記載があった。
金田さんによると、「狐の玉」は野山で拾われる場合が多く、購入される例は少ないという。

大澤家の2代目当主は、「一族が栄える玉」という噂を聞きつけ、旧名田庄村の医師から「狐の玉」を購入。以来、大澤家では守り神として、140年以上にわたり大切にまつられてきた。

その玉は代々“人目に触れてはいけない”と伝えられてきた。5年前、金田さんの調査に協力する形で、初めて玉を触った大澤さん。「不思議な物です。動物の毛であることは間違いないが…」
正体は分からずとも…家族に幸運をもたらす存在
一体どんな物なのか…「狐の玉」を我々にも見せてくれることになった。

漆塗りの小さな木箱から取り出されたのは、動物の毛玉のようなフワフワとした塊。手のひらに乗せてもらうと、ごくごく軽い。玉の内部には小豆ほどの大きさの硬い芯が存在し、そこを起点に毛が生えているような感触だった。

DNA鑑定に出そうと思ったことはないか尋ねると、大澤さんは「それはありません。とことん突き詰めれば、本当にキツネなのかタヌキなのか、テンとか他の動物なのか、それは分からんけど。でも、信じたらいいんですよ、これは狐の玉やと、これが家を守ってくれているんだと」

その正体がどうであれ、仕事に恵まれ、家族が平穏に過ごせているのは、この玉のおかげだと大澤さんは感じている。「子供2人は大学を出てそれぞれ頑張って仕事している。やっぱり毎日拝んで感謝する気持ちが、今の自分につながっていると思う」

金田さんは「敬けんにまつっているからこそ、この家に福徳円満をもたらしていると思う」と話し、その信仰心の深さをたたえていた。