中3の少女に起きた性暴力

中学の卒業式の前日だった。

「美術展のチケットがあるんだ。」

15歳の石田郁子さんはその日、美術の男性教師に誘われて美術館に出かけた。
美術科のある高校への進学も視野に入れていた石田さんは、受験のために絵を描いてはその教師に見てもらっていた。
上達を褒められ、嬉しくなってまた描いて見せるという日々。

この教師をXと呼ぶことにする。
当時28歳のXは他の生徒にさほど人気があるわけではなかったが、石田さんにとっては美術の知識の豊富な、たまに冗談を言うおもしろい先生で信頼していた。

石田郁子さん(中学3年生の頃)
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美術館で腹痛を訴えた石田さんをXはなぜか自分の一人暮らしの自宅に車で連れて行った。
Xの自宅で画集などを見ていた石田さんの顔に、突然Xが顔を近づけてくる。

「このままでは唇がくっついてしまう」

そう思って咄嗟に避けた。が、その直後、
「いきなりキスしようとしたのは悪かった。実は好きだったんだ。」
Xはこう言って石田さんに一方的にキスをした。
そして過呼吸になり、泣き出した石田さんを横にして体を触った。
石田さんの頭は空っぽになり、何が起こったのか全くわからない状態になってしまった。

性被害ではなく「交際」と信じた少女

Xは約5年に渡り石田さんに性暴力をふるい続けた。
だが当時の石田さんは自分が「暴力」を振るわれているとは思っておらず「交際」していると信じていたのだ。

「教師と交際している」そう思っていた石田さんが教師と撮った写真(高校3年生の頃)

Xは巧妙に石田さんの心理を操っていた。

「そのうち結婚を前提としたお付き合いになるだろうね。」
「好きな気持ちが強いからこそ、服を着てない状態で触れたい、性的なことをしたいんだ。」
そう言い続けた。

15歳といえば、精神的・社会的にまだまだ未熟だ。
石田さんは男性と付き合ったこともなく、常にXからの指示で行動していた。
それはまさに「教師」と「生徒」の支配関係に他ならない。

当時、石田さんがXと交わした課題のやり取り

振り切れた少女の“はかり” そして・・・

石田さんの感情と記憶は、覆い隠された不安によって急速に躍動を失っていく。
それまでの中学生らしい「楽しくて気楽な気持ち」から常に「不安やシリアスな気持ち」へ。
なぜ楽しくないのか、当時の石田さんはわからなかった。
Ⅹの部屋の間取りや家具などはよく覚えているが、自分が一体どんな感情だったのか思い出せない。

当時、高校2年の石田さんが描いたXの絵 「交際」と認識していたが不安が募った

「重すぎるものを乗せると‘はかり‘が止まってしまうように、私の気持ちの‘はかり‘も振り切れてしまっていたのでしょう」と石田さんは振り返る。

石田郁子さん(高校2年生の頃)

大学2年のとき、Xとの関係は終わった。
石田さんが性交痛を訴えると連絡が来なくなったのだ。

この教師Xは、現在もまだ教壇に立っている。

大人になって“性暴力”と気づいた

Xの行為が犯罪だと知ったとき、石田さんは37歳になっていた。
偶然傍聴した裁判の例があまりにも自分のそれと似ていたことに衝撃を受けた。
養護施設の職員が施設に通う16歳の少女にわいせつな行為をした罪に問われたものだが、加害職員は「恋愛だった。同意があった。」と言ったのだった。

石田さんは裁判所から泣きながら帰った。
なぜ涙が出るのか、なぜ具合が悪くなるのか、わからなかった。

「それまで大した問題ではないと思っていました。学校の先生が悪いことをするという発想がありませんでした。犯罪って、テレビに出てくるような悪い人たちだけのものだと思っていたんです。」

石田さんは初めて、事の重大さに気づいたのだった。
被害から20年以上が経過していた。

「気持ちのはかりが振り切れてしまっていた」と語る石田郁子さん

教師との再会

傍聴から7カ月後、石田さんは故郷の札幌で加害教師Xを呼び出した。
証拠をとるためだった。

そうとは思わないXは、久しぶりの石田さんとの時間に、むしろ楽しそうにやって来た。
当初こそ積極的にしゃべっていたXだが、石田さんがXの過去の行為について事実確認を始めると、それを認め謝罪をしたうえでこう言った。

「やってしまったものだから、ね、それを、ね。思いつくことが本当ないんだけれども、では、あなたのカウンセリングのね、費用を払うとか」

石田さんはこの音声データを札幌市の教育委員会に提出し、Xへの適切な処分を求めた。
しかし教育委員会の返答はこうだった。

「その教師が否定しているので事実かどうかわからないので懲戒処分はできない。」

Xは教育委員会に「石田さんが昔から精神的に不安定であり、性的に逸脱している人間で、この音声データの受け答えも石田さんの作り話に合わせただけ」と主張したという。

島田彩夏アナウンサー

PTSDを発症 提訴したものの

「自分が普通に生きることすら否定されたような気持ちになりました。」

石田さんはこの後数年間、絶望の中、ただただ「生活するだけ」の日々を送った。
見る目がなかった自分がバカなのだと自信を失い、自分が嫌になっていた。

教育委員会との面談の頃からフラッシュバックも起こり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した。

それでも、石田さんの胸にはひとつの思いが芽生え始めていた。

提訴だ。黙っているのはもう耐えられなくなっていた。

石田さんは民事訴訟を起こした(2019年 弁護士ドットコムニュース提供)

「加害者の教師が嘘をつけば懲戒処分を免れるという加害者に有利な状態はおかしい。その教師が今でも中学校で生徒と接していて、生徒が何も知らないで学校に行っていて、教育委員会も黙っている。この情景を想像して、黙っているのに我慢できなくなりました。私が提訴に至った一番の理由です。」

2019年2月。
札幌市と加害教師Xを相手取り、石田さんは損害賠償を求める裁判を起こした。
2016年に診断されたPTSD(心的外傷後ストレス障害)発症時を起点とした。
本来なら15歳の少女に性的暴行をしたXの行為そのものを問いたかったが、刑事法でのわいせつ行為の公訴時効は7年、民事でも20年の壁に阻まれた。

結果は、石田さん側の敗訴。

判決では、「石田さんがPTSDかどうかは疑わしく、過去のわいせつ行為を基準とすると訴える権利を行使できる期間は過ぎている」とされた。
加えて、「大学生になっていた石田さんは性行為の意味を十分理解している」とされた。

石田さんは裁判所の判決に「乱暴」と憤る(高校3年生の頃の写真)

「行為の理解」と「被害の認識」は別の話だ

「裁判官は、こんなに時間が経過してからPTSDになることが本当にあるのかと。事件があったのかということと論点がずれているように思います。それに大学生になっていたから分かるだろうと。かなり乱暴な判決で、非常に傷つきました。」

性的な意味を理解することと、被害を認識することは異なる問題だ。

なお一審勝訴の加害教師Xは裁判で石田さんについて、「中学時代は顔も名前も覚えていない大勢の生徒の一人」で、「石田さんが大学に入ってから石田さんの方から『ずっと好きだった』と告白され付き合い性交した」と主張している。

石田さんは一審を不服として控訴し、現在は高裁での判決を待つ身だ(12月15日判決予定)。先日行われた第二回期日は私も傍聴したが、石田さん側は証拠調べや証人尋問を求めたが、裁判長は「次回は判決を言い渡します」と述べてわずか数分で終わった。

性暴力が、その後の人生を狂わせた

石田さんのこれまでの話を読み、皆さんはどう感じただろうか。

石田さんが遭ってしまった性暴力、その後の生活、そして裁判での戦い。
日本の社会が抱えるいくつもの深い問題が、石田さんの人生をさらに難しくしているのではないかと私は思う。

知人からの性被害はそれが「犯罪」だと気づくまでに時間がかかることもある。
ときには数十年かかるというケースはこれまで多く報告されている。
にもかかわらず法で裁くためには時効の壁がある。
気づいた時にはもう加害者を罪に問うことができないことが多い。

2017年に110年ぶりに刑法が改正されたが、教師などの対等ではない関係を利用した性行為について、「暴行や脅迫」がなければ被害者が同意したとみなされ罪に問うのが難しい現状。

法律では性交同意ができる年齢を「13歳」としていて、石田さんは当時、15歳だった。
もし同じようなことが15歳のあなたにふりかかったら。娘、妹、大切な誰かだったら。
「ああ恋愛なんだね」と言えるだろうか。

証拠を提出して訴えたにもかかわらず「加害教師が否認しているから処分できない」という教育委員会、教育界に問題はないのか。
誰のために存在する組織なのだろか。

日本の性教育が大きく遅れているため教師などから性暴力を受けた際にすぐに気づけないとの指摘もある。実際性教育について日本は「後進国」と呼ばれている。

石田さんが戦っているのは、ざっと挙げただけでもこれだけ多くの、手ごわい制度や慣習や法律だ。
これまでも多くの被害者が直面し、苦しみ、問題だと指摘してきたことだ。

なぜ、被害者がここまでの負担を引き受けなくてはならないのだろうか。
被害に苦しみ、PTSDに苦しみ、心無いバッシングも受けることさえある。
そのうえ裁判でのハードルは高い。

石田さんが実名を公表し顔を出して訴えなくてはならなかった現実を、私たちは今度こそ直視し、訴えに真剣に耳を傾けなければならないと思う。
2017年の法改正で3年後をめどに検討を求める付則がつけられた。
教師など対等でない立場を利用した性行為を罪に問えるかどうかなどの「積み残し」を今まさに法務省で検討しているところだ。
注視していきたい。

【執筆:フジテレビ アナウンサー 島田彩夏】

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