自然の力を活用して社会課題を解決しようとする手法、NBS(NATURE BASEDSOLUTION)を導入し、江戸前漁業を復活させるプロジェクトを取材した。
東京湾に江戸前漁業を復活させようとしているのは、元水産庁幹部で農学博士の小松正之氏(一般社団法人・生態系総合研究所代表理事)だ。
小松氏によると、1960年の東京湾の漁業水産量は18万トンだったが、現在は2万トンに激減しているという。
こうした中、小松氏は、東京湾産の魚介類による江戸前寿司の復活を目指し、2030年に4万トンまで増やすことを目標としている。
そのために必要なのが、NBS(NATURE BASEDSOLUTION)と呼ばれる手法だ。
NBSは、自然生態系の浄化力や復元力を活用して、自然を修復し、かつ防災にも役立たせるというものだ。
小松氏は、東京湾を再生させる1つのポイントとして、荒川水系の水質改善をあげる。
小松正之氏:
東京湾の水質を調査すると、荒川の河口付近の水質がほかの水域よりも水質汚濁の指標の1つであるFTUと呼ばれる数値が高い状態であることがわかりました。
FTUは水中の物理的、科学的かつ生物学的な有機物などの汚染物質量を表しています。0.3が正常値で、数値が2を超え高いほど水質が汚れているということです。
そのため、我々は来年の国際シンポジウムに向けて荒川水系の水質実態調査を現地で行っています。
筆者は、小松氏とともに荒川水系の現地調査に同行することにした。
都心から車で出発して約3時間、埼玉県秩父の山間部に入る。
ワインディングロードを走り始めてから1時間あまり、鬱蒼と茂る樹木の合間から、突然巨大な人工建築物が現れた。
埼玉県秩父市の滝沢ダムだ。
一級河川・荒川水系中津川に建設された高さ132メートルの重力式コンクリートダムは、自然と調和していてまさに絶景だった。
小松氏と調査チームは、荒川水系の源流にあたる滝沢ダムで水質を調査したあと、浦山ダムでは、ダム湖・秩父さくら湖で高性能の測定機器を使って水質調査を行った。
ダム湖の水面近くでは、FTUの数値(暫定値)は00.03と水質の汚れはほとんどなかったが、水面下66センチのところでは、FTUは150と、かなり水質が汚れていることがわかった。
小松正之氏:
これから更に調査が必要ですが、やはり荒川水系の水質は改善すべきだと思われます。
原因としては、農薬・肥料の農業排水、畜産物排水、木が伐採された森林から土砂が流れ出していること、ダムや堰によって砂利や石、魚の往来ができなくなり自然の回復力が妨げられていることが考えられます。
また、下流域においては、下水道排水や工場排水の流入などが考えられます。
ダムや護岸は、防災のために必要とされていますが、必要のない堰は撤去すべきであり、護岸も単にコンクリートで作るのではなく、自然と共生する護岸整備も今後は考えていく必要があると思います。
自然生態系の浄化力と復元力を活用した自然再生プロジェクト。
小松氏とそのグループでは、東京湾のほかに「最後の源流」と呼ばれる高知県四万十川でも、生姜農家による排水を浄化する湿地帯を造成したり、不要な堰の撤去事業に取り組んでいる。
2026年春には、NBSについての国際シンポジウムが開催される予定だ。