日本の南極観測を輸送面で支える観測船「しらせ」の後継艦をどうするか、文部科学省で本格的に検討を始めることになった。南極観測の将来構想に影響を及ぼすだけに大きな注目が集まっている。

6月24日、南極地域観測統合推進本部の総会が文部科学省で開催され、「しらせ」の運航を担う海上自衛隊から、「しらせ」の老朽化を理由に後継艦をどうするか、検討するよう求める意見が出された。

次回、10月に開催される輸送計画委員会で「しらせ」の後継艦についての検討が始まる見通しだ。

海上自衛隊が運用する「しらせ」は、初代「しらせ」の後継艦として2009年に就役し、世界屈指の砕氷艦として日本から燃料や食料、建物の建設資材、雪上車、観測機器などを運び、1年を通して昭和基地で観測活動を行う南極地域観測隊を支えている。

さらに約180人の自衛隊の隊員たちは南極で、燃料の補給作業、荷物の積み下ろし、積み上げ作業、観測作業の支援、雪かきなども手伝っている。

南極観測に欠かすことができないしらせだが、通常就航から25年の節目を迎える2034年あたりには退役するのが一般的であり、1隻を構想から建造、就航するまでにおよそ10年かかるので、2025年度から検討を始めることになった。

さて、気になる「しらせ」の後継艦はどうなるか、についてヒントとなる資料がある。

2019年に国立極地研究所が南極みらいビジョン2034とのタイトルで発表した南極地域観測の将来構想というもので、そこでは、現行「しらせ」による年1回の輸送に依存している観測計画を「海氷状況に左右されない輸送」、「船舶の接岸に依存しない基地運営と空輸体制」の確立をめざす、と記されているのだ。

そのうえで、後継艦にもとめるものとして1つ目に観測機能の強化をあげる。

「しらせ」は、昭和基地への物資輸送に偏重しすぎた設計のため、その高い砕氷能力によって海氷域内部に入り込む事はできても、そこでの海洋観測を十分に行う事はできない、と指摘、その理由の1つとして一般的なスクリューしかもたない「しらせ」は横方向に動くことができず氷河などに十分近づくことができない、としている。

筆者が南極観測に同行した際にもしらせの船尾で行う海洋観測中にしらせの船体が回転してしまうため作業が困難を極めた様子を目撃した。

後継艦には、厚さ2メートルの氷を砕氷しながら3ノット以上の速度で進む砕氷航行能力が必要だとしたうえで、横方向への動きができるスクリューや、ROVなど無人探査機器を運用するためのムーンプールや各種クレーンが必要であり、ヘリポートや格納庫、コンテナラボも重要だと指摘している。

ただし、ムーンプールは、現在の技術では、砕氷船には不向きだとしてムーンプールを採用する場合は、研究観測特化型の船と砕氷船の2隻体制が望ましいとしている。

2つ目にフレキシブルな運行体制だ。

日本では「しらせ」による年1回の輸送が唯一の補給機会であり、本来の目的である観測計画がしらせの運行に左右されているのが現状だ。

同様の砕氷船を持つ豪州の場合は、年に7往復程度で南極に出入りする事により、基地輸送と海洋観測を両立させている。ドイツの場合は、ケープタウンでドックに入る事により、北極海を含めた年300日にわたる航海運用を実現している、との事例をあげ、日本の運航計画の硬直化を指摘している。

3つ目は、「第○次南極地域観測隊」や越冬隊という組織の抜本的見直し。

現在、1年に1度、第○次南極地域観測隊が編成され、そのなかに南極・昭和基地に1年以上にわたってとどまり、観測活動を行う越冬隊が編成されている。

これは「しらせ」の年1回の運航体制に影響されているものだが年に複数回往復することになればこうした組織の編成も見直されることになるだろう。

南極みらいビジョンでは、南極へ月1度の定期運航の実施など船舶に頼らない空輸体制の充実も検討されており、実現されれば、最短1か月で日本から南極に行って帰国できる体制の構築が望ましいと述べている。

そして、南極へのアクセスが多様化し、「必要な人が、必要な地域に、必要な時期に、必要な期間だけ滞在する」時代が、 もう目の前まで来ている、としたうえで、「そうした時代に、毎年同一時期に出発するグループを称して、「第○次南極地域観測隊」という観測隊組織は意味をなさなくなる。

隊員は、それぞれの観測計画や設営計画を個別にたてればよく、隊次や夏隊、越冬隊という大括りのグループは組織しない。」と今後の方針を示している。

しらせの後継艦の検討は、すなわち、南極観測隊の将来像も含めたものとなり日本の南極観測の大きな分水嶺になるので、議論の行方が注目される。

大塚隆広
大塚隆広

フジテレビ報道局社会部
1995年フジテレビ入社。カメラマン、社会部記者として都庁を2年、国土交通省を計8年間担当。ベルリン支局長、国際取材部デスクなどを歴任。
ドキュメントシリーズ『環境クライシス』を企画・プロデュースも継続。第1弾の2017年「環境クライシス〜沈みゆく大陸の環境難民〜」は同年のCOP23(ドイツ・ボン)で上映。2022年には「第64次 南極地域観測隊」に同行し南極大陸に132日間滞在し取材を行う。