目撃を科学的検証
14年近く刑務所にいる受刑者。
一審は「無罪」となりながら、「同じ証拠」で二審は無期懲役の「有罪」となった男性の無実の訴えは司法に届くのか。
「再審開始決定が確定するまでのハードルが高すぎて長すぎる」と憤る弁護団と支援者の執念で受刑者の「再審申し立て」にたどり着いた。

■「神戸質店事件」難航する捜査ののち 緒方受刑者の指紋や靴跡などのDNA型から逮捕・起訴
緒方秀彦受刑者:私は絶対に被害者を殺害してはいませんし、金品を奪ったりもしていません。やってもいないことで犯罪者とされ、一生刑務所で暮らすことはどうしても納得がいきません。
刑務所から無実を訴え続ける66歳の緒方秀彦受刑者。強盗殺人事件で無期懲役の刑が確定し、服役している。
2005年、神戸市内の質店兼住居で経営者の中島實さん(当時66歳)が殺害され、現金1万650円が奪われた「神戸質店事件」。中島さんの死因は脳挫滅。頭蓋骨が粉砕骨折するほど、鈍器で滅多打ちにされていた。
残忍な犯行から、警察は当初、怨恨による事件とみて捜査を進めていたが難航。
しかし、1年10カ月後、スピード違反で検挙された当時電気工だった緒方受刑者の指紋が現場に残されていた指紋と一致。さらに、靴跡やタバコの吸い殻についていたDNA型も一致したなどとして、逮捕・起訴された。

■判断を分けた目撃証言 「布でくるまれた棒状の物を持った目つきの鋭い男を見た」
緒方受刑者が逮捕されたのは事件から2年近くあと。
事件当日のことを覚えておらず、当初は現場に行ったことを否定していたが、取り調べを受ける中で、店の前で被害者に防犯カメラの設置を相談され、中に入ったことがあるのを思い出す。
弁護側は指紋や靴跡、タバコはその際のものだと主張した。
1審、2審ともに裁判のカギとなったのは、犯行直後と推定される午後8時半ごろ、質店の前で不審な男を見たという通行人の「目撃証言」。
目撃者:布でくるまれた棒状の物を持った目つきの鋭い男を見た。

■無罪から無期懲役へ 「裁判官は悪魔の顔に見えた」と弁護士
事件から9日後、この通行人は警察に対し、自動販売機でタバコを購入したあと男を見たものの、「一瞬のことで似顔絵については自信がない」と話しました。
しかし、その1年10か月後、警察で20枚の写真を見せられ、目撃した「不審な男」として緒方受刑者の写真を選んだ。
裁判では「もう怖い、睨みつけるような目。僕はもう、目しか覚えてませんから」と証言。
1審はこの証言の信用性に「疑問が残る」として無罪が言い渡されるも、2審では一転、無期懲役が言い渡された。
戸谷嘉秀弁護士:緒方さんは当然大ショックだから、頭かきむしって。その時の裁判官はもう見たことないけど、悪魔の顔に見えましたよ。悪魔ってこんな感じなんだろうなと。(私は)ずっと睨みつけてましたよ、そんなわけないだろうって。もう一生かかってもこの悪魔どもから緒方さんを取り返すってそのとき、心の中で思ってましたから。

■支えるのは小中学校の同級生「おかしいことはおかしいと声出してやらんと」
行政書士の高橋秀明さんは月に一度、神戸の自宅から岡山刑務所に緒方受刑者と面会するために訪れる。
小中学校の同級生だった緒方受刑者の無実を信じ、支援を続けている。
行政書士 高橋秀明さん:彼が好きか嫌いかみたいなところで、いろいろ言う者もおって、そういう問題じゃなしに、やっぱり好きでも嫌いでも、おかしいことはおかしいと声出してやらんと。一審は十分証拠がそろってないと書いてあるのに、二審の判決は同じ事実認定しながら、『これも考えられる』という言い方で想像になってる。そら、おかしいでしょ。
最高裁は緒方受刑者の上告を棄却し、無期懲役刑が確定。
逮捕を境に緒方受刑者の家庭は崩壊していった。
妻とは離婚し、2人の子どもとも音信不通に。息子の無実を信じていた父親は服役中に他界。高齢の母親は認知機能が衰え、施設に入居している。

■目撃者の証言に「信用性がない」ことを科学的に裏付ける実験
目指すのは確定した裁判をやり直す「再審」。しかし、再審には無罪を示す「新しい証拠」が必要。
この高いハードルを越えるため、戸谷弁護士は、冤罪被害者の救済に取り組む団体IPJ=(イノセンス・プロジェクト・ジャパン)に助けを求めた。
IPJが着目したのは、「無罪」「有罪」判断の分かれ目となった「目撃証言」。
目撃証言の心理学における国内研究の第一人者、厳島行雄・人間環境大学教授の監修のもと、緒方受刑者の写真を選んだ目撃者の証言に「信用性がない」ことを科学的に裏付ける実験が行われた。
事件当時よりも明るく、よりはっきり見ることができる条件で見た人物を2週間後に識別できるか実験すると、49人中7人が正解。しかし、目撃の実験だと気づいた先入観のある参加者を除くと、正解者は20人中1人。実際よりも好条件だったにも関わらず95%が間違えたのだ。
「記憶とは記録じゃなくて壊れやすい、しかも簡単に色んな情報を取り込んでしまう性質を持つもの」と厳島教授は指摘する。
また、目撃者が緒方受刑者の写真を選んだ「識別方法」の問題点も指摘。20枚の写真にはそれぞれ逮捕に関連する日付を示す数字が記されていたが、事件よりあとの日付が付いた写真は緒方受刑者だけ。つまり、この事件で逮捕されたのが緒方受刑者だということが伺える可能性があるというのだ。
人間環境大学 厳島行雄教授:犯人であろうがなかろう関係なくて、その特徴(数字)から判断しちゃう。目撃証言の怖いところは、自分が誤っているっていうことがわからない。非常に自動的にそれが起こってしまうということですね。

■支援者を失いながらも長き再審への道
実験結果と目撃証言の信用性に関する厳島教授の意見書という新証拠がそろい、戸谷弁護士は岡山刑務所へ向かった。
戸谷嘉秀弁護士:再審開始決定が確定するまでのハードルが高すぎて長すぎるじゃないですか。本当にスタートラインにようやく立ちましたみたいな。本人(緒方受刑者)もわかっていると思うんだけど、どういう顔して会ってどういう説明するか、ものすごく緊張します。
無期懲役の確定から13年。ついに大阪高裁に再審請求を申し立てることができた。
戸谷嘉秀弁護士:最初は私一人で細々とやってる感じで、そこからようやくここまで来たなという気持ち。一言でいうと『真摯に向き合ってください』と。それに尽きる。
しかし、長年この日を待ち望んで支援を続けてきた高橋さんは、裁判所にその姿はなかった。(ことし2月25日に永眠)

緒方受刑者は手紙にこう記している。
緒方受刑者の手紙:私の再審・雪冤活動に首を突っ込んだばかりに、もしも彼の命を短くするエレメント(要素)があったのだとしたら…。再審申請まで秒読みの今の時期に…何でまた急に逝ってしまいやがって。
無実を信じていた人がまた1人、この世を去った。
長く険しいと言われる再審開始までの道のりは、始まったばかりだ。
(関西テレビ「newsランナー」2025年6月26日放送)
