真夜中に広島の街が小さくどよめいた。
路面電車が直接、JRの駅ビル2階へ乗り入れるのは“全国初”。6月6日の深夜、その歴史的瞬間は誰にも知らされることなく静かに訪れた。
地上から高架へ…見上げる視線
「午前0時前です。電車がゆっくりと近づいてきます」
駅前大橋で取材にあたった記者の声が、夜の静寂に重なる。
マツダスタジアムであった交流戦の帰りだろうか。何人かの観衆が、スマホをかざしながらその“異変”を見つめていた。
駅前を進むのは、広島電鉄(以下、広電)の電車。いつもの路面ではなく、坂の上の“高架”へ挑もうとしている。

終電後の広島駅前。深夜から未明にかけてひっそりと行われたのは、「駅前大橋ルート」での試運転だった。これは、5月末に工事が完了したばかりの新ルート。広電の職員ら約20人が乗り込み、初めて実際に電車を走らせた。
“最大の難所”を越え、初の乗り入れ
このルートで最大の難関といわれていたのが、高架部へのぼる4%の勾配。路面電車としては急な坂で、75メートルかけて一気に2階相当の高さまで電車をのぼらせる。
重く地響きのような走行音を響かせ、ドイツ製の特別なレールを滑るように駆け上がっていく。

新駅ビル2階に新設中の広島駅電停では、多くの関係者がその姿を見守っていた。
暗闇の先から、ヘッドライトの光が射し込む。やがて「ギィィー」という金属音が響き、電車はゆっくりと所定の位置で止まった。
居合わせた鉄道ファンから自然と拍手が起きる。
「鳥肌がやばいっていう…すごい感動しました」
そう話すファンは高揚感に満ちていた。
「歴史が動いた」 鉄道ファン歓喜
新ルートは「広島駅」から「比治山町交差点」までの約1.1キロ。この日は、分岐点を含むすべての区間で試運転が行われた。
作業員たちが走行中の電車に並走し、パンタグラフと架線の接触状態などを細かく確認。あえて“幅の広い車両”を使い、電停と接触しないかも確かめた。

そして、稲荷町交差点に設けられた広電初の「十字の分岐」も無事に通過。
大阪から来た鉄道ファンの2人は「後にも先にも今日しかない貴重な1日が見られているのはすごく新鮮」「とりあえず歴史が動いたなと思って…」と話していた。
今後も試運転や運転士の習熟訓練が繰り返され、8月3日に開業を迎える予定だ。
広島の公共交通は新たな時代へ踏み出す。その幕開けに向け、街の鼓動は高鳴っている。
(テレビ新広島)