コメ価格の高騰が続く中、岩手県八幡平市で8代続くコメ農家が「直播栽培」という技術を駆使して生産規模の拡大に取り組んでいる。従来の田植えに代わり、田んぼに直接種をまくことで作業効率を高め、農地を拡大する挑戦。さらに今春、高校を卒業した長男が家業を継ぐことを決意。親子二人三脚で地域農業の未来を守る取り組みを取材した。

農業のイメージを覆す決意

八幡平市の田んぼで田植え作業に汗を流す立柳慎光さん(46)は「今コメが足りないと言われているので、頑張っていくらでも多く作付けをして、消費者の人たちにおいしく食べていただきたい」と語る。

コメ農家を継いだ立柳慎光さん(46)
コメ農家を継いだ立柳慎光さん(46)
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8代続くコメ農家の家に生まれた立柳さんだが、最初から家業を継ぐつもりはなかった。

「『汚い・つらい・金にならない』とイメージがものすごくついていたので、自分が始めるきっかけとしては、もっとかっこよく、もうかる農業をしようと思って始めた」と振り返る。

5月、八幡平市の田んぼで田植え作業に汗を流す
5月、八幡平市の田んぼで田植え作業に汗を流す

周囲からの勧めもあり2014年にコメ農家を継いだが、コメ作りを取り巻く環境は年々厳しさを増している。

初期投資の壁と高齢化の深刻な現実

国の統計によると、岩手県内で水稲農業を営む人は2005年に約5万3000人だったが、2020年には2万7000人あまりと半減している。(農林業センサスより)

さらに農家の平均年齢は68歳で、7割は後継者を確保していない。コメの生産現場は高齢化と担い手不足という二重の課題に直面している。

立柳さんによれば、若い世代が農業に参入しづらい原因の一つに初期投資費用の高さがあるという。

立柳さんは「農業の中で一番と言っていいほど参入しづらい。コメを作るのにトラクター1台あればいいというわけではなく、乾燥機やもみすりなど(必要な)機械の点数が多くて、自分で全部をやるとなると相当初期投資がかかってしまう」と説明する。

コメ作りは必要な機械の点数が多く初期投資がかかる
コメ作りは必要な機械の点数が多く初期投資がかかる

高齢化が進み、農業から離れる人が増える中、立柳さんは地域の食を守るため可能な限り農地を借り受けて栽培を続けている。

40年以上コメ作りを続けてきた75歳の男性も2025年、農地を貸す決断をした一人だ。
「入院3か月ということだったので、手術の後遺症もあってちょっと無理だなと」と、その男性は心境を語る。

会社化と効率化で経営拡大へ

立柳さんが手掛ける水田は現在、大小合わせて約330枚にのぼる。このうち借り受けた水田は280枚ほどだ。

これまでは両親と妻の家族4人で作業してきたが、規模の拡大に伴い5年前に「かきのうえ」という名前で会社化した。社会保障など雇用面での環境を整え、現在は従業員とアルバイトを1人ずつ雇用している。

会社化し圃場のデータ作成と作業効率化で規模拡大
会社化し圃場のデータ作成と作業効率化で規模拡大

さらに、規模拡大のために圃場のデータ作成と作業効率化に力を入れている。
「圃場データや肥料設計など自分で作っているデータもある。品種に合わせて肥料だったり除草剤だったり」と立柳さんは話す。

しかし、小さな水田もたくさんあるため、作業員が増えても春の1カ月間で田植えを終えるのは難しい状況が続いていた。

「直播栽培」で時間とコストを削減

そこで立柳さんが5年前から取り組んでいるのが「直播栽培」だ。これは田植えの代わりに直接田んぼに種を播く栽培方法で、苗を育てたり田植えをしたりする手間が省け、作業時間とコストの縮小に役立つと注目されている。

「直播栽培」に使用する農業機械
「直播栽培」に使用する農業機械

特に冬の初めに作業すると、農作業ができない時期を有効に使えるため、経営拡大につながると期待されている。

直接田んぼに種を播く栽培方法「直播栽培」
直接田んぼに種を播く栽培方法「直播栽培」

立柳さんは「極力最低限の人数で時期をずらして種をまくことによって、人数や機械を増やさないようにして(栽培)面積を増やす」と説明する。

鳥害防止や病害虫予防のため種もみに薬剤をコーティング
鳥害防止や病害虫予防のため種もみに薬剤をコーティング

直播栽培で使用する種もみには「キヒゲン」という薬剤がコーティングされている。

立柳さんによると「鳥害防止や病害虫予防の薬、普通のもみをまくと鳥が食う。このコーティングにより、鳥は種を食べなくなる」という。

12ヘクタールから58ヘクタールに農地を拡大
12ヘクタールから58ヘクタールに農地を拡大

これらの技術向上により、立柳さんの農地は大きく拡大した。コメ作りを始めた2014年は12ヘクタールだったが、2025年には58ヘクタールとなり、このうち直播栽培は41ヘクタールを占めている。

親子二人三脚で地域農業の未来守る

農業に真摯に取り組み続ける立柳さんに、2025年、うれしい出来事があった。春に高校を卒業した長男の恒河さん(18)が本格的にコメ作りを始めたのだ。

高校を卒業し本格的にコメ作りを始めた長男の恒河さん
高校を卒業し本格的にコメ作りを始めた長男の恒河さん

「『高校卒業したら家で仕事する』と言われた時はぐっと来た、もううれしくて。自分が思っていた"後継者がやりたいと思えるような農業"を、背中で見せてこられたのかなと感じた」と立柳さんは喜びを語る。

長男の恒河さんは「大変そうだなと思っていたが、それを助けてあげたいと思って始めたいなと思った」と話す。

親子で田植え機に乗り息子に操作方法を教える立柳さん
親子で田植え機に乗り息子に操作方法を教える立柳さん

親子で田植え機に乗り、立柳さんが息子に操作方法を教える姿も見られた。

息子と農作業をできる喜びを胸に、立柳さんは地域が直面する高齢化の課題に立ち向かっている。

立柳さんは「どうしてもできないという方たちの農地を極力荒らさずに耕作していきたい」という思いを語る。

「八幡平市一番の農業の会社にしたい」と語る恒河さん
「八幡平市一番の農業の会社にしたい」と語る恒河さん

長男の恒河さんも「八幡平市一番の農業の会社にしたい」と大きな夢を描いている。

コメ不足と担い手不足という厳しい現実の中、地域の農業の未来を守るため、立柳親子は二人三脚で挑戦を続けている。

(岩手めんこいテレビ)

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