「養鰻場としてはギリギリの価格まで落ち込んでいる」——稚魚の記録的な豊漁でウナギの取引価格が下がる一方、エサ代や光熱費の高騰が業者を直撃している。日本一の養殖ウナギ産地・鹿児島では、養鰻業者から加工メーカー、専門店まで、それぞれが複雑な事情を抱えながら最盛期を迎えている。
開店前から行列 鹿児島の老舗うなぎ専門店
じっくりと丁寧に焼き上げられた県産のウナギ。タレを絡ませると店内に香ばしい香りが広がり、食欲をそそる。

鹿児島市にある創業80年のうなぎ専門店「松重」には、3連休最終日の7月20日、開店前から多くの人が訪れた。志布志から足を運んだ客は「元気になるのはうなぎかなと思う」と話し、小学生連れの家族は「柔らかくておいしかった」と笑顔を見せた。

夏のスタミナ食として根強い人気を誇るウナギ。鹿児島県は養殖ウナギの生産量で日本一を誇る産地だ。そのウナギをめぐる状況が、近年大きく変わりつつある。
34年ぶりの記録的豊漁 稚魚が2.5トンに
ウナギの稚魚「シラスウナギ」の漁獲量が、歴史的な水準に達している。県内における過去10年の漁獲量の推移を見ると、直近2年間は1トンを超え、特に2024年度は約2.5トンと、1990年度以来34年ぶりの記録的な豊漁となった。
なぜ豊漁になったのか。県は「海流の影響などが考えられるが、詳しくは分からない」としており、明確な要因は今のところ解明されていない。
この豊漁時期の稚魚が成長し、今まさにウナギとして市場に出回っている。数が増えれば、価格は下がる。消費者にとっては歓迎すべきことのように思えるが、産地の実情はそう単純ではない。
「ギリギリの価格まで落ち込んでいる」 養鰻業者の苦境
薩摩川内市の養鰻場「薩摩川内鰻」では、出荷前のウナギが所狭しと容器の中に並んでいた。同社ではウナギをいけすで養殖するほか、加工して全国のスーパーなどに出荷している。
この日、養殖ウナギを卸している西日本養鰻の営業担当・窪田知浩さんが訪れていた。稚魚の豊漁によって現在の取引価格は下がっているという。
「たくさんできると値段が下がるというのはうなぎ業界も一緒。今まさにそういう状況。だいぶ安くなっている。養鰻場としてはギリギリの価格まで落ち込んでいる」

価格が下がる一方で、養鰻業者を苦しめているのが物価高だ。窪田さんは「エサに関しても6月から値上げになり、世界的にエサの原料自体も不良なので、経費で経営が圧迫されているのが現状」と打ち明ける。
さらに深刻な問題もある。各養鰻業者が通常より多くのウナギを保持しているため、出荷が重なると加工メーカーの処理能力を超えてしまうことがある。そうなると養鰻場にウナギが余り続ける事態となる。

「ウナギが太化してなかなか尾数が出ていかない。エサを与え続けるにも費用がかかる。ウナギを持っているだけでも費用がかかるので、早く出荷したい」と窪田さんは焦りを口にした。
加工メーカーも板挟み 「注文がなかなかもらえない」
主にウナギの加工を担う薩摩川内鰻でも、出荷量は2025年より2割増えているという。しかし養鰻業者と同様の悩みを抱えている。
同社の粂川英幸さんはこう語る。「安くなっている時は末端の購入者、僕らの供給先も『まだまだ安くなるのでは』となかなか注文をもらえない。資材の高騰や光熱費高騰、吸収できていない部分がたくさんあるのでメーカーとしては非常に厳しい状況」

価格が下がると、取引先は「さらに値下がりするかもしれない」と様子見に入る。その結果、需要があるはずの時期に注文が伸び悩むという皮肉な構造だ。豊漁の恩恵が、産業の川上から川下まで均等に届いているわけではない現実がある。
専門店も価格据え置き 「売り上げ500万円減少」
消費者と最も近い場所に立つうなぎ専門店はどうか。松重の店主・松崎一樹さんは、仕入れ価格の低下を認めつつも、販売価格には反映できていないと話す。
「ウナギに関しては価格が下がってきているが、他の燃料費や水道光熱費、消耗品費、あとは緑茶がすごく高騰していて、今年は麦茶で対応している」
タレに使う醤油の値上がりも経営に響いているという。加えて、客足の変化も見逃せない。
「夏だけ来店いただいた方は『多い』という捉え方をするかもしれないが、年間を通してみるとお客様の入りは少なくなっている。去年は売り上げとしても500万円くらい減少している」
ウナギの仕入れコストが下がっても、他のコスト増と売り上げ減少が重なれば、価格を下げる余地はない。それが老舗専門店の現実だ。
差別化で生き残りを図る 「骨抜きは県内でもしていない」
厳しい状況の中で、松崎さんが活路を見出しているのは他店との差別化だ。
「創業80年を迎えて、コロナを乗り切って、前向きな環境が生まれてきているが、仕込み中にもウナギの骨を抜いたり、県内のうなぎ屋でもしていないことをどんどんやっていき、鹿児島から県外・海外に発信していけたら」
価格競争に巻き込まれず、品質と独自性で勝負する姿勢だ。鹿児島という地域ブランドを国内外に発信しようという意欲も感じられる。
豊漁は「良いことばかり」ではない
稚魚の記録的な豊漁によって、市場に出回るウナギの数は増え、取引価格は確かに下がっている。しかし、その恩恵が消費者の食卓に届くまでの道のりは単純ではない。
エサ代・光熱費・資材費の高騰が業者を直撃し、加工能力の限界が出荷を滞らせ、価格下落への様子見が注文を減らす——。養鰻業者、加工メーカー、専門店、それぞれが異なる悩みを抱えている。
豊漁を喜べないジレンマ。日本一の産地・鹿児島のウナギ産業が直面する現実は、食卓の向こう側にある複雑な構造を映し出している。
【動画で見る▶ウナギ豊漁 養鰻業者・加工メーカー・専門店 鹿児島の実情は 】

