かつてイヌやネコの殺処分数が全国最悪だった広島県。2011年度には年間8,000匹を超える命が処分され、社会問題として指摘されてきた。
現在、殺処分数は大幅に減少したが、その裏には無償で活動するボランティアたちの努力がある。
動物保護の最前線に立つ人々を取材した。
草かげに仕掛けられた希望
広島市内の住宅地。
ネコの通り道とおぼしき場所に、数人の女性たちが捕獲器を設置していた。動物愛護啓発団体「猫は天使」代表の中井百合子さんが手際よく説明する。
「エサをかたまりのまま置くと、くわえて逃げてしまう。もしくはケースの後ろから手を入れて取っちゃうんですよ。ネコとの攻防がいろいろあるので」

中井さんと共同で団体を運営する上角梓さん、さらに別の動物愛護団体「ワンミャツダクラブ」代表の荷堂美紀さんも加わり、この日は11台の捕獲器を仕掛けた。
人が近くにいるとネコは警戒して入らないため、遠くから静かに様子をうかがう。
エサのにおいに誘われてネコが捕獲器に近寄り始めた。しばらくして再びケースの中を見ると、ネコが丸くなって座っている。捕獲成功だ。

これは「TNR(Trap-Neuter-Return)」と呼ばれる手法で、地域の野良ネコを捕獲し、避妊・去勢手術を施した上で元の場所に戻す動物保護活動。戻された保護ネコはその地域で一生を終えるが、繁殖しないため野良ネコの増加を抑制できる。TNRは動物愛護の観点のみならず、ふん尿や騒音といった地域の生活環境問題にも効果がある。
自己犠牲のもとにある保護活動
中井さんの自宅には、現在32匹のネコが暮らしている。
高い場所から狭い隙間まで、至るところにネコ。台の上にはエサの容器がいくつも並ぶ。

飼いネコに加え、一時預かり中のネコや里親を待つ保護ネコも多い。中井さんは元々、寄付という形で活動を支援していたが、「実際に携わりたい」との思いから活動に踏み出し、2025年3月には上角さんとともに動物愛護啓発団体を立ち上げた。

1カ月の運営費は平均で約40万円にのぼる。エサ代のみならず、電気・ガス・水道、トイレ用の砂、医療費なども必要。
その費用は一体どこから出るのか?
「もちろん身銭です」
驚くことに、大半を自己資金でまかなっていた。
小さな命をつなぐボランティアたち
保護される動物には病気のものもいる。
荷堂さんの自宅では、生後間もない子ネコが酸素ケースの中で横たわっていた。生まれつきだろうか、片目は閉じたままだ。

兄弟4匹とともに捨てられていたネコで、風邪をこじらせ肺炎を発症している。酸素ケースのレンタル費は月に約8万円。治療にかかる費用もすべて自己負担である。

子ネコの口に注入器を入れ、少量ずつミルクを飲ませる荷堂さん。ボランティアの思いが、小さな命をつないでいる。
新たな家族を求め、100匹の譲渡会
5月25日、荷堂さんが代表を務める団体の主催で保護動物の譲渡会「ワンミャツダフェスタ2025」が開催された。会場は広島の自動車メーカー・マツダの体育館。

広島市や県の動物愛護センターをはじめ、15団体が参加し、約100匹のイヌやネコが新たな飼い主を求めてエントリー。中井さんと上角さんも保護ネコを連れて参加した。
上角さんは気が立っているネコを心配している。
「ちょっと緊張しているのと、この子がシャーシャーなのでネコパンチを繰り出しています」

会場には朝から多くの人が訪れ、来場した子どもは「かわいかった。連れて帰りたい」と言って笑顔を見せた。
行政支援で「善意頼み」からの脱却を
この譲渡会には、広島市の松井一實市長も初めて視察に訪れた。

「動物愛護センターにいるイヌの飼い主を見つけてあげるの?」
「散歩したり、世話をしたり」
「ありがとう」
ボランティア活動に携わる高校生たちの声に耳を傾ける。
中井さんもまた、現場の実情を訴えた。
「地域ネコの適正管理のため、TNR活動を広めなければならないという思いを現場で強く感じています。しかし、多くのボランティアが自己犠牲を前提として活動しているという現状があります」
マツダ社内で保護ネコ活動を行う担当者がそれに続く。
「捕獲した頭数が73匹、そのうち50匹は去勢手術をしました。23匹は子ネコなので、荷堂さんに里親探しをやってもらっています」
うなづきながら話を聞いていた松井市長は行政支援について言及。
「よし、この問題を関係者が一緒になって徹底しよう。去勢・避妊手術の費用をどうするか。行政としてどこまで支援できるかだね」
人と動物が共に暮らす社会──その実現には、行政・市民・ボランティアの三者が連携して取り組む必要がある。

中井さんは「すごく真剣にとらえていただいていたので、これからに期待させてもらいたい。私たちも引き続き活動を広げていきたいと思っています」と話していた。
一方、広島大学法学部の吉中信人教授は「動物愛護法の精神にのっとった活動であるが、ボランティアの善意だけに頼るのは適切ではない」と指摘する。
誰かの「守りたい」と、自己犠牲と呼ぶには尊すぎる現実が小さな命をつなぎとめている。
(テレビ新広島)