「当日はなぜか非常口から出たんだよね。秘書官が『おはようございます』と言っていて、私も『おはよう!』と声をかけた。するとドーンという音がして前に突っ伏した感じで倒れた。その後も撃ってきて、犯人の顔は全く見られなかった。

日医大の千駄木病院に着いて、看護師さんがスーツやワイシャツをハサミで切っているところまで記憶にあるので、意識はずっとあった。でも痛いとか正直思わなかった。かなりの出血をしていたけど、自分で傷口をまさぐったりできなかったので、人間の体というのは神経が集中していないと痛みを感じないのだろうね」

「私の印象だと、犯人はあまり入念に下見をしていなかったんじゃないかと思うね。かなりの頻度で南千住署の佐藤警備課長が毎朝『おはようございます!』って立ってくれていたからね。犯人が撃ったところの正面前は佐藤警備課長が決まって立っていたところだから、何度も下見をしていたら、あそこには立たないんじゃないかと思う。私は普段はエントランスを使っているから事件当日、私が近くから出てきたから驚いたんじゃないかな」
「逮捕できなかったら0点」
――時効を迎えることになりそうですが、ご所感はおありでしょうか?
「時効を迎えた原因とか聞かれるだろうと思ったが、敗軍の将、兵を語らずだ。私の口からは言えない。今さら何を言っても事件というのは犯人を逮捕できなかったら0点なんだ。それを、何を言っても変わらない。警察のトップが狙われて犯人を検挙できなかったというのは本当に大失態だと思う。その責任が自分にあるわけだが、言えるとしたら、今後原因について検討して欲しいということだけだ」

――一連の捜査で印象に残っていることはありますでしょうか?
「やはりXが浮上したことだろうね。しかしあの男は本当に変な男で、自分がどこまで話せば捜査がどうなるかを計算しているような節がある。あの男に振り回されたのは確かだ。
井上君(※事件発生当時の井上幸彦警視総監)がXの話を隠していたというのは違う。隠していたのではなく、確証が得られないまま、ずるずる判断を先延ばしにしたという状態だった。確証が得られなかったんだろう。だから報告してこなかった」

――まさに警察庁の逆鱗に触れたということですね。
「みんな怒ったね。だから処分をした。あれで検察は警察を全く信用してくれなくなったんだから。失敗の原因にXのハンドリングが上手くできなかったということはあるね。
何でも長官の私にだけ井上君がこっそり話して、長官の私だけは知っていたなんて話もあるみたいで、信じている者もいた。
杉田(※当時の杉田和博警備局長。後の内閣官房副長官)は『本当は井上さんからお耳にされていたんじゃないですか?』と尋ねてきたが、それは違う。本当に知らなかった。
新聞社が僕にXについて聞いてきた時も、そんなこと全く知らないよ!と答えたんだから」
オウム事件で変わったこと
――オウムによる一連の事件捜査はどの様に始まったんですか?
「サリン事件の前、3月10日頃に井上君(※当時の警視総監)から『警視庁は上九のガサをやります。警視庁がやりますから』と言われたので、そうかそうかと安心していた。
その情報がオウムに入ったのか知らないが、当時オウムの内部にいたS(警察の協力者)からしきりにオウムが警視庁の動きを気にしていると情報が入ってきた。オウム側がかなりこちらの動きを気にし始めたのかなという情報があったのは事実だけど、具体的な話は一切なかった」

「Xが警視庁の情報をオウムに伝えていたという話については疑問がある。彼は巡査長だし幹部の集まる捜査会議に出席できなかっただろうし、そこまで知り得ていたかどうか疑問だ」