トランプショックが景気の先行きを急速に悪化させている。世界経済全体が今年、景気後退に陥るリスクが60%にまで高まったと分析されるなか、5日には「相互関税」のうち全ての国・地域に対する一律10%の税率が発動された。

トランプ関税は大幅増税に相当

「60%の景気後退リスク」は、『There will be blood(血を見ることになる)』と題された、アメリカ大手金融機関・JPモルガン・チェースによるリポートで示されたものだ。トランプ政権が打ち出した一連の関税措置は、アメリカ国内の家計や企業への大規模な増税に相当すると指摘したうえで、報復措置やサプライチェーン混乱、企業の景況感悪化などによって増幅される可能性が高いと分析し、世界経済が今年、景気後退に陥るリスクについて、それまでの40%から60%へと引き上げた。

4日、ダウ平均は前日比2231ドル07セント安の3万8314ドル86セントで取引を終えた
4日、ダウ平均は前日比2231ドル07セント安の3万8314ドル86セントで取引を終えた
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4日のニューヨーク株式市場では、ダウ平均株価が2200ドルを超えて値下がりした。1日の下落幅としては、コロナ禍の2020年3月に次いで史上3番目の大きさだ。前日からの2日間の値下がり幅は4000ドル近くに達し、ウォールストリート・ジャーナルは、この2日で約6兆6000億ドル、日本円で約970兆円分の株式の時価総額が失われたと伝えている。

4日の東証終値は前日比955円35銭安の3万3780円58銭だった
4日の東証終値は前日比955円35銭安の3万3780円58銭だった

これに先立ち、4日の東京株式市場も、日経平均株価が一時1400円を超えて値下がりし、終値は約8カ月ぶりに3万4000円を割り込んだ。売りはほかのアジア市場でも拡大、4日の欧州株も下げが止まらず、主な600社の株価動向を示すストック600も約8カ月ぶりの安値水準で終えた。

アップル「価格戦略再構築」も

関税引き上げは、輸入品を中心に物価を押し上げ、家計の負担増や企業のコスト増を加速させる。アメリカでは、インフレと景気悪化が同時に起こる「スタグフレーション」の到来が一段と現実味を帯びてきた。

ニューヨークのアップルストア
ニューヨークのアップルストア

アメリカ国内で大幅値上げを迫られる可能性が出てきたのがアップルの「iPhone」だ。アップルはアメリカで販売するiPhoneの大部分を、中国で組み立てて輸入している。トランプ政権は中国に対し、3月までの追加関税と合わせて54%の関税を課す方針で、アメリカの複数のアナリストが、iPhoneなどの大幅な価格上昇のおそれを指摘している。

ロイター通信などが報じたローゼンブラット・セキュリティーズの試算では、アップルが関税コストを消費者に転嫁する場合、iPhoneは43%値上げする必要が出てくる。この仮定に基づくと、最新の「iPhone16」のアメリカでの最低価格は799ドルから1142ドルに、最も高い「16 Pro Max」は1599ドルから2286ドルに値上がりする計算になる。

こうした見方は、アメリカ国内での販売価格をめぐるものだが、日本のアナリストからは、アップルがグローバルな価格戦略の再構築を迫られることで、日本などほかの国々の販売にも何らかの影響が及ぶ可能性を指摘する声が上がっている。

「金利を下げろ、ジェローム」

こうしたなか、経済悪化を食い止め、景気を支える材料として、焦点になっているのがFRB(連邦準備制度理事会)による利下げだが、判断をめぐるトランプ大統領とパウエル議長の対立が、鮮明になってきている。

トランプ大統領のSNSへの投稿
トランプ大統領のSNSへの投稿

トランプ大統領は4日、自身のSNSに「ジェローム・パウエル議長にとって金利を引き下げる絶好のタイミングだ。彼はいつも『遅れる』が、今ならそのイメージをすぐに変えることができる」として、「エネルギー価格は低下し、卵の価格も下がっている。金利を下げろ、ジェローム、政治的な駆け引きはやめろ」と投稿した。市場関係者の間では、トランプ氏の発信には、関税引き上げで傷つく株価や景気を利下げで下支えすることを明確に求めるねらいがあるとの受けとめが広がった。

一方、トランプ氏の投稿後、同じ日のイベントに登壇したパウエル議長は、トランプ政権による関税引き上げが「想定より大幅に大きく、影響がより持続する可能性もある」との認識を示し、失業率の上昇とインフレの高まりをリスクとしてあげた。そのうえで「金融政策の適切な方向性について結論を出すのは時期尚早だ」と述べた。物価上昇率が2%を上回る水準を続けているなか、関税強化により物価高が長引くことを警戒し、利下げの判断は急がず、慎重に金融政策を決定していく考えを強調した格好だ。

パウエル議長は、このイベントで紫色のネクタイを締めていたが、トランプ大統領の共和党のイメージカラーは赤、野党の民主党は青だ。質問されたパウエル氏は「我々は厳格に非政治的だ。そのことはどれだけ強調しても強調しすぎることはない」として、「紫はそれに適した色だ」と答え、政治的中立を曲げないとの決意をにじませた。

「私の政策は変わらない」

トランプ大統領が「私の政策は変わらない」と表明するなか、日本時間9日午後1時1分には、相互関税の上乗せ税率分が発動される。中国は、アメリカの相互関税と同率の追加関税をかけると発表していて、ほかの国の間でも報復措置を課す動きが広がる事態も想定される。

リスク資産の売り圧力は止まる気配がなく、債券が買われ長期金利の低下が進むほか、円買いの持ち高を膨らませる動きが強まっている。今週の金融市場も、株式からの投資マネー流出が続く流れが警戒される。株価底入れは兆しすら見られないなか、世界経済悪化への懸念は一段と高まることになりそうだ。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員