落としの金七メモ「実行犯」

・日光街道から南千住駅にかけて自転車に乗った男が目撃されたが、後日の捜査でこれは矢野隆(教団幹部)と判明する。

・ほかに犯行現場からサングラスに婦人用自転車に乗った身長172~3㎝から176~7㎝のマスク姿の男が目撃されている。この男が実行犯と見(ママ)られる。

落としの金七メモ「謀議」

・サリン事件前の車内謀議で、麻原が神奈川県警の捜査(編集部注・坂本弁護士一家殺害事件の捜査)が上九に向けられていることを想定し、どうしても警察庁の目を都心中心部に向けさせようとする意識が大きく働いていたことが窺える。
都内に注視させようと、地下鉄霞ケ関駅にボツリヌス菌を撒こうとしたが失敗。

麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚
麻原彰晃こと松本智津夫元死刑囚

・上九の捜索着手したことから幹部連中が一斉に逃げ出す。その一部が石川県などで捕まることになるが、連日の上九の捜索で追い詰められていた麻原は、逆に幹部を青山の本部に集め、上九から都心に警察の目を注目させることを模索する。29日に謀議がある。

東京・南青山にあったオウム真理教東京総本部 1995年撮影
東京・南青山にあったオウム真理教東京総本部 1995年撮影

その麻原の命を受けた中心人物はA。A、B、C、D(編集部注・A~Dはいずれも教団幹部)、早川、島田理恵子(仮名 “東信徒庁長官” X入信時に面倒を見た人物 *第15話-3参照)等が参加している。
そこで長官銃撃が練られたという確証はないが、もう一度警察の関心を都心に集めさせようと企て、警察庁幹部襲撃という話が出てきた可能性があり、注目される。

落としの金七メモ「事情聴取したい人物」

要するに長官事件は「誰もしゃべっていないから俺も言う必要がない」という駆け引き。落とすか落とされるかの戦い。宗教という独特のプライドを持っている人間に、そのままストレートに聞いても何も言わない。日本で初めての経験ではないかと思う。早川と島田理恵子とも人間関係はできている。しかしやるとしても時間がかかる。1年の猶予期間は欲しい。

落としの金七メモ「早川」

(早川は)絶対何らかの形で関与していると思う。98年の暮れにこっそり拘置所に差し入れしてやったときに、涙を流しながら『申し訳ありません』と言った。長官事件についてしゃべらないことを指していると感じた。

“落としの金七”が「絶対関与している」と断言していた早川紀代秀元死刑囚
“落としの金七”が「絶対関与している」と断言していた早川紀代秀元死刑囚

・警視庁が95年5月と8月、田上健(*仮名 Xが長官事件の現場にいたと証言した信者 *第22話-2参照)を特別指名手配した時、早川は『田上は長官事件で手配されたのですか。別の事件でしょう?』と供述した。
この供述は捜査当局にとって大変な収穫。早川は長官事件を知っている。

・彼にはしゃべれない事情がある。妻の家庭の事情。妻の父は○○警の○○だった。弟も○。早川は妻を愛し、妻も早川を愛していた。妻のため、警察という組織のため、かばう心が人一倍強かった。
長官事件については極端に供述を嫌がった。坂本弁護士事件の実行犯との供述を得て長野へ引きあたりにいった。大町の山の中だったが、『家族の手前もありマスコミは避けてほしい』の要望があり、200人ものマスコミの目をごまかすため、大町署長に頼み、道路公団の車に職員を装い、現場を指差させた。

・「今後何かの場合には、私が言うこともあるでしょう。本当にありがとうございました。」と握手して分(ママ)かれている。

早川紀代秀元死刑囚
早川紀代秀元死刑囚

「小山メモ」に登場した田上健(仮名)は元々、X巡査長が長官事件の「現場にいた」と供述したことで事件への関与が疑われた人物だ。メモには田上が関与していないことを早川が暗に示したというエピソードが綴られている。このエピソードは早川が95年の取り調べの中で「矢野(仮名)が実行犯だと思うと誤りますよ。奴はおとりに過ぎない」と話した供述と同じ怪しさがある。田上の関与を暗に否定し矢野は実行犯ではないと言えるのは、早川が事件について知っているからではないか。そう小山が強く疑っていたことがメモから伺い知れる。また個人的な信頼関係はあったものの、長官事件について早川に語らせることができなかった悔しさも滲ませていた。

「落としの金七」でも落とせなかった理由は、早川の妻の実家が警察一家だったからだという。自分の関与が明るみになれば妻の家系に累が及ぶと早川は考え、どうしても白状できなかったのだと小山は分析している。

【秘録】警察庁長官銃撃事件37に続く

【執筆:フジテレビ解説委員 上法玄】

1995年3月一連のオウム事件の渦中で起きた警察庁長官銃撃事件は、実行犯が分からないまま2010年に時効を迎えた。
警視庁はその際異例の記者会見を行い「犯行はオウム真理教の信者による組織的なテロリズムである」との所見を示し、これに対しオウムの後継団体は名誉毀損で訴訟を起こした。
東京地裁は警視庁の発表について「無罪推定の原則に反し、我が国の刑事司法制度の信頼を根底から揺るがす」として原告勝訴の判決を下した。
最終的に2014年最高裁で東京都から団体への100万円の支払いを命じる判決が確定している。

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。