地震や洪水など災害現場の最前線で救助活動にあたってきた元ハイパーレスキュー隊員が、知っていそうで知らない防災情報をSNSのインスタグラムで配信し、異例の関心を集めている。動画制作の舞台裏に密着した。

「自分がやるしかない」と動画制作

「これなんだか分かりますか?屋内消火栓と言います。実はこれ、消防士が使うものではありません。あなたが使っていい設備なんです!」。

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福岡市民防災センターの公式インスタグラムに投稿されている動画。行政関連の配信動画としては、異例の350万再生を超える関心の高さだ。動画の閲覧者からは「ビルの廊下などにある消火器、我々が使ってもいいんですね!知らなかった」などと好意的なコメントが数多く寄せられている。フォロワー数もこの半年ほどで1万8000人と急増中だ。

動画を制作しているのは、機動救助隊(通称、ハイパーレスキュー隊)に4年間所属していた坂口智浩さん(43)。大きな地震や水害があった際は、真っ先に現地に派遣される災害救助のエキスパート。

坂口さんが、防災センターに異動になったのは1年ほど前。『福岡市はもう少し早くインスタグラムを使って広報したらいいのに』と感じていたこともあり、『自分がやるしかない』とネット配信用の動画制作を始めたという。

手探りで始めたインスタグラム

坂口さんの動画作りには、「防災で被害を減らす」という強い思いが込められている。『ああしていれば助かったのに』『被害を防げたのに』など災害現場での経験が、教訓として盛り込まれている。「助けに行ける消防士の数は決まっているが、被災する人が多くなれば、その分、助けに行けない人が増える。能登地震の時もそうだし、東日本大震災の時もそう。その都度、凄く悔しい思いをした仲間がたくさんいる」と坂口さんは語る。

「機動救助隊」時代の坂口智浩さん
「機動救助隊」時代の坂口智浩さん

防災を呼びかけ、被害を減らすのも消防士としての仕事。その思いを発信する手段として坂口さんが選んだのがインスタグラムだったが、いきなり出だしから躓いたという。動画の投稿方法や活用方法など基本的なことが分からなかったのだ。慌てて解説書や人気の動画を参考にして勉強した。文字通り手探りで始めたインスタグラム。

坂口さんが制作した「福岡市民防災センター公式インスタグラム」
坂口さんが制作した「福岡市民防災センター公式インスタグラム」

その後の半年間で50本以上もの動画を配信し、関心を寄せてくれるフォロワー数を着実に増やしてきたのだ。

撮影スタート 出演者も消防職員

動画制作の現場に密着したこの日、坂口さんが制作していたのは、マンションのベランダなどにある「避難用のはしごの使い方」について。

「避難用はしごの使い方」台本
「避難用はしごの使い方」台本

坂口さんが仮の台本を仕上げると、上司がチェック。専門用語を一般の人にも伝わりやすい言葉に言い換えるようアドバイスを受け、台本を修正。

最終的な台本チェックが終わり、いよいよ撮影開始だ。動画の出演者も同じ消防職員が担当するが、内容に応じて坂口さんがその都度、人選する。今回の動画は、誠実でまっすぐな語り口が売りの同僚、宮岡誠さんに決定。冒頭のシーンは、防災センターの会議室。まずは、出演する宮岡さんが、台本を読んでセリフを確認する。

撮影前の台本確認をする宮岡誠さん(左)
撮影前の台本確認をする宮岡誠さん(左)

「マンションで火災が起きて、玄関から逃げられない。階段から逃げられない」というセリフに対して「『から、から』と言葉が続くので、『階段を使って逃げられない』に変更しよう」と修正を提案。

出演役の宮岡誠さん
出演役の宮岡誠さん

坂口さんも了承し、いざ、本番。何度かNGを出したものの撮影は、10分ほどで無事終了した。

次の場面は、中央消防署にある訓練用のビルで撮影。ここでは実際の避難はしごを使って撮影していく。「そのまま降りて!」。坂口さんが宮岡さんに指示を出す。普段は滅多に使われない避難はしごのシーン。うまくいった。

「避難用はしご」使用シーン撮影する坂口智浩さん
「避難用はしご」使用シーン撮影する坂口智浩さん

動画の最後の仕上げは家族の感想

防災センターに戻り、編集作業にとりかかる。坂口さんが自分で撮った素材をパソコンで編集し、字幕やBGMもつけていく。

動画を繋ぎ終わっても、坂口さんはまだ、配信しない。最後のチェックとして、自宅で小学6年生の娘にチェックしてもらうのだ。「難しい言葉がある」と娘の沙慧さん。坂口さんは、「ハッチ?バルコニー?ベランダは分かる?」と娘に分かりにくい箇所を質問すると、「ハッチバルコニーが分からん。何それって感じ」と率直な返答。

娘の沙慧さん(左)
娘の沙慧さん(左)

上司にも見せて原稿を直したつもりだったが、一般の人にはまだ、馴染みのない言葉が残っていたようだ。坂口さんはすぐに言い回しを修正。ようやく動画が完成。そして、配信の運びとなった。

「いつ災害が起こるか分からないので、こういった動画で少しでも備えを意識してもらい、家族で話し合うきっかけになれば」。坂口さんは、動画を通して防災への注意を呼び掛け続ける。

(テレビ西日本)

テレビ西日本
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