被爆者の切明千枝子さん(95)が綴った短歌を手がかりに、広島のゆかりの地を巡るバスツアーが開催された。被爆80年、語り継ぐことの重みと未来への希望を込めた被爆者の願いと、それを受け止め、つなぐ人々を追った。
短歌から広がる被爆の記憶
15歳で被爆し、80年近くその記憶を語り続けてきた切明千枝子さん(95)。

彼女が詠んだ500首の短歌をもとに、広島を巡るバスツアーが企画された。企画したのは大学院生の佐藤優さん。
2024年、切明さんの短歌をまとめた歌集を出版し、さらにその思いを多くの人と共有しようと企画したものだ。

佐藤さんは「短歌に出てくる現場で切明さんのお話を伺いながら、受け取れたらと」と企画意図を語る。
切明さんの短歌には、被爆者のやるせない気持ちが込められている。

「八月六日 家を出たまま 帰らざる人 数多(あまた)いる街 それがヒロシマ」
ツアーには、被爆者の話を聞きたいという一般参加者や、被爆2世も参加。切明さんの語りと短歌に触れながら、被爆地広島の歴史と記憶を辿った。
記憶の現場で悲惨さを伝える
バスツアーで訪れたのは、2024年に重要文化財に指定された「旧陸軍被服支廠」。

戦時中は軍服が製造されていた場所だが、切明さんはこの近くで育ち、被爆後、多くの負傷者を救護し、「この世の地獄」を目の当たりにしたという。

「長い長い 戦争をじっと見てきた倉庫 伝えてよ 戦争の無残を 理不尽を」
次に訪れたのは切明さんの母校、皆実小学校。ここで彼女は、被爆後80年間生き延びたシダレヤナギに再会した。

「これ、まだ生きていたんだ」
シダレヤナギを見上げながら、切明さんは、この校庭だけでなく、被爆後の広島のあちこちで遺体が積まれ、火が焚かれた光景を語った。

「まるでキャンプファイヤーのときのように油をかけて火をつけてやく。むごいことでございますよ。みんなの力を合わせて、二度と戦争に巻き込まれないようにって心の底から思ってる」
記憶と平和への思いをつなぐ
ツアーの参加者らは、平和に対する思いを新たにしたようだ。

参加者の一人は「私も被爆2世として、自分の体験も含めて発信していきたい」と語った。

また、佐藤優さんも「切明さんら被爆者の思いを受け止め、つなげる1人になりたいと改めて思った」と決意を新たにしていた。
切明さんの短歌には、平和への願いとともに「語り部がいなくなれば、広島の記憶は忘れられてしまうのではないか」という不安も刻まれている。

「一代限りの語部 われは老いてゆき 広島の悲惨は 忘れられゆく」
切明さんは「1人でも2人でもつないで、伝えてくださる方がいて、あのとき亡くなった人たちを悼んでくださる方があることを私は信じたい」と被爆体験が語り継がれていくことを願う。

95歳の切明さんは、これからも短歌や語りを通じて記憶を託す希望を持ち続けている。
(テレビ新広島)