環境省と経済産業省の有識者会議は12月24日、2050年の温室効果ガス排出実質ゼロに向けた温暖化対策計画の原案をとりまとめた。

原案では、新たな削減目標も示され2035年度の温室効果ガス排出量を2013年度比60%削減する方針。有識者らは、連日会議の終了時刻を過ぎても議論が続くほど経済への影響や妥当性などについて検討したものの「目標のあり方として、上に凸・下に凸の一方をシナリオとして示す状況にない」という理由で政府案を採用した。

上に凸?下に凸?

 
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「上に凸」「下に凸」というのは、最も排出量が多かった2013年度から排出実質ゼロを目指す2050年に向けてまっすぐ引いた線を基準として、緩やかな削減を見込む「上に膨らんだ道筋」か、より急激に削減を見込む「下に膨らんだ道筋」かを説明するものである。

委員会では、技術の革新が生まれ排出削減が将来加速することを踏まえた「上に凸」とする現実路線の目標を指示する意見が出た一方で、世界平均以上の目標を掲げる姿勢を示し先進国としての責任を表明する「下に凸」とする野心的な目標で意見が割れていた。

より野心的な目標を求める背景

表①の政府が国内への説明のために示しているグラフでは、基準年である2013年度からは森林吸収量を排出量から引いておらず、2014年以降の削減実績の計算には森林吸収量を引いた排出量が使われていて世界の基準とは異なっている。

実際の排出・吸収量が直線より下回っていることから「オントラック」と表現しているが、2014~2022年度の森林吸収量の平均値を仮に2013年度の排出量から引いた上で削減トレンドを見てみると、直線はより緩やかになっていることから、このままでは2050年になってもゼロにはならないという指摘もある。

「世界とは違うルールが前提となっていて、同じ概念にするともっと少なくなる。上に凸だろうが下に凸だろうがシャビー(お粗末)である」と日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)に所属する大手小売企業の関係者は語る。「海面水温も上がっていて生物多様性も損失が進んでいる。すでに起きていることから目を背けるような政府の案はいかがなものか」と疑問を呈した。

現実路線を求める背景

一方で、現在の先進国は産業革命時代に多くの二酸化炭素を排出して経済成長を遂げてきた。

日本の経済を支える製造業など産業部門から排出される二酸化炭素は国内全体の34%に上る。

日本経済を長きにわたりけん引してきた自動車産業に高品質な部品を提供する鉄鋼業では、鉄分を含んだ鉄鉱石とコークス(=石炭を蒸し焼きにすることで炭素含有量が高くなった物)を高炉と呼ばれる炉の中で溶かす事で、鉄鉱石から酸素を除去(=還元)して鉄分を取りだしている

○鉄鉱石(FeとO)+コークス(C)⇒CとOが結びつく =鉄(Fe)と二酸化炭素(CO2)

鉄鋼業における脱炭素の取り組み

鉄鋼業の最大手「日本製鉄」は、2030年にも排出量を30%削減し50年にカーボンニュートラルを実現する目標を掲げ、CO2排出を大幅に削減するために「高炉水素還元」や「大型電気炉」など新技術の開発を進めている。

CO2排出を大幅削減するため「高炉水素還元」や「大型電気炉」などの新技術開発を進める日本製鉄
CO2排出を大幅削減するため「高炉水素還元」や「大型電気炉」などの新技術開発を進める日本製鉄

「高炉水素還元」は、高炉で鉄鉱石を還元する際にコークスの代わりに水素を用いる技術で、日本製鉄は12月20日、試験炉において世界初となるCO2削減40%超(実績値43%)を実現した。

○水素(H)と鉄鉱石(FeとO) ⇒HとOが結びつく =鉄(Fe)と水(H2O)

また、12月19日には鉄鉱石から天然ガスを使って酸素を除去し鉄を取り出す「直接還元鉄」で、通常の鉄鉱石に比べ不純物の含有が少ない鉄鉱石の鉱山を初めて取得し、2030年目処に、粉砕・選鉱などの設備を準備、鉄鉱石を掘り出せるような状態にする。

政府目標の実現性は?

民間企業がこうした取り組みを実現するためには、政府によるエネルギーコストの補助も同時に進める必要がある。電気で鉄スクラップを溶かし新しい鋼を製造する電炉を稼働するにもグリーン電力が必要であり、相当程度のコストがかかる。

神戸液化水素荷役実証ターミナル「Hy touch神戸」で液化水素を充填する液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」
神戸液化水素荷役実証ターミナル「Hy touch神戸」で液化水素を充填する液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」

コークスの代わりに水素を使う「高炉水素還元」を実装するには、グリーン水素やグリーン電力を購入する必要がある。特に開発フェーズではこうしたエネルギーコストがかかると開発用の資金が奪われ、結果として競争力が落ちる懸念もある。

武藤容治経済産業相
武藤容治経済産業相

経済産業省は、第7次エネルギー基本計画を公表。政府は再生可能エネルギーを使って水を電気分解して製造する、いわゆる“グリーン水素”の2030年の商用化を目指し水素発電タービンの早期実機実証を支援するほか、こうした水素を原料とする「グリーンアンモニア」などの活用を加速させるため技術開発を進めている。

環境省は25年2月までに政府の温室効果ガス削減目標とされるNDCを国連に提出する予定で、世界における日本のプレゼンスを示せるのか、注目が集まる。
(執筆:フジテレビ 経済部 岩田真由子)

岩田真由子
岩田真由子

フジテレビ経済部 兜・日銀チーム
民間企業、化粧品や通信業界を担当