食の雑誌「dancyu」の元編集長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。

植野さんが紹介するのは「ナポリタン」。青森・弘前市にあるワインバー「わいんぱぶ ためのぶ」を訪れ、少量の水を入れて野菜を炒めるだけで、なめらかで優しい味わいになる一品を紹介。

約50年に渡って、地元の人たちに愛されてきた店の歴史にも迫る。

青森県弘前市のワインバー

植野さんがやってきたのは青森県の南西部に位置する弘前市。春には、約2600本の桜が咲き誇る「弘前さくらまつり」が開かれ、夏には夜空を彩る「弘前ねぷたまつり」も行われる。

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「わいんぱぶためのぶ」の最寄りは弘前市と大鰐町を結ぶ、弘南鉄道大鰐線の「中央弘前駅」。

日中の電車は1時間に一本と、のどかなローカル線だ。ホームには「津軽こけし」をモチーフにした灯籠が並び、電球の明かりが冬の寒さを和らげてくれる。

店に残る常連の客や亡き奥さんとの思い出

「中央弘前駅」から徒歩7分の場所にあるのが、「わいんぱぶ ためのぶ」。店は10月で閉めたものの、店の中はまだそのままだという。

壁には常連のお客さんや亡き奥様との思い出の写真の数々が飾られていた。

カラッと揚がった、大ぶりのエビフライに、ホロッとした牛肉に、野菜のうま味が溶け込んだビーフシチュー。香しく、ふわっとジューシーなハンバーグ。

植野さんいわく、どの料理も、食べると思わず笑顔になってしまう優しい味わいとのこと。

“お父さん”と慕う店主の最後の弟子に

植野さんが「お父さん」と慕うのが、店主の佐藤政彦さん(77)。

青森県北津軽郡出身の佐藤さんは19歳で、料理の道へ。上京し、各界の著名人から愛されているイタリアンの名店「キャンティ飯倉片町本店」で腕を磨いた。

青森に戻ると、28歳で自分の店を開店。これまで約50年に渡って、地元の人たちに愛されてきた。しかし、半年前のことだった。体調を崩し、病院で検査を受けてみると、すでに膵臓(すいぞう)がんの末期だった。それでも頑張ってきたが、体力の限界を迎え、店を閉めることを常連に告げた。

店は跡を継ぐ人もいない。だからこそ植野さんは、佐藤さんの味わいを受け継ぎたいと思ったという。

最後の弟子、植野さんが佐藤さんに教えてもらうのは「ナポリタン」だ。少量の水を入れて野菜を炒めるだけで、なめらかで優しい味わいのナポリタンになる。

人生最後に作るのはみそ汁

佐藤さんの味をしっかり受け継いだ植野さんだが、佐藤さんの味には到底及ばない。

この店を植野さんに紹介した放送作家・小山薫堂さんも参加
この店を植野さんに紹介した放送作家・小山薫堂さんも参加

すると、佐藤さんは「2週間作ってみるんです、毎回同じような味付けで」「同じものをずーっと作り続けることの難しさと、楽しさと、嬉しさと、それが蘇った時、人生終われるんじゃないかな」と思いを巡らせた。

佐藤さんに“人生最後に作る料理”を聞くと「みそ汁かな、あれが一番難しいと思う。簡単なようで難しい。それを美味しく作ることができる人はハッピーエンド」と語る。さらに、それを誰に食べさせるか尋ねると「今は妻がいないから、孫でしょうね」と答えた。

常連客に店の魅力を訪ねると「マスターの雰囲気が良い、一番はそれ」「居心地がいい、“第二のお父さん”みたいな感じでここに来ていた」と佐藤さんの人柄を絶賛した。

本日のお目当て、わいんぱぶ ためのぶの「ナポリタン」。 

一口食べた植野さんは「野菜に焦げ目がつかず、でもシャキッとしている」と最後の味を堪能した。

わいんぱぶ ためのぶ「ナポリタン」のレシピを紹介する。