食の雑誌「dancyu」の元編集長・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。
植野さんが紹介するのは「豚みそ焼き」。下北沢にある食堂「おじゃが」を訪れ、深みのある味噌ダレに豚肉を漬け込み、しっとりジューシーに焼き上げた一品を紹介。
83歳・現役料理長の、料理に情熱を注ぐ日常にも迫る。
サブカルチャーの発信地・下北沢にある食堂
「おじゃが」があるのは、世田谷区・下北沢駅。2018年から工事が進められ、駅も近代的な姿にリニューアルした。
新宿や渋谷に10分以内とアクセスも抜群の下北沢は、“カレー激戦区”“古着の聖地”、劇場やライブハウスも多いことから“サブカルチャーの発信地”として知られ、特に若い世代の注目を集めている。

「下北沢は懐かしいですよ、学生の時には“下北”でバイトをしていました」と植野さん。
「東洋百貨店」本店も、古着や雑貨の店が20店以上連なり、下北沢らしさがつまった名物スポットだ。
「その頃はあちこちで飲み食いしていましたけど、今は全然景色が違いますね。いつの間にかカレー屋さんと古着屋さんと…昔は喫茶店と美容室がもの凄く多かったんです」と植野さんは話し、店に向かった。
屋久島出身の2代目店主と83歳現役料理長
下北沢駅の東口から徒歩3分。階段を上った2階が目的の店、1999年開店の食堂「おじゃが」だ。

50席ある広々した店内は、木の温もりを感じるほっこりとした空間で、昼はカツオのたたきや季節限定のカキフライ、豚のしょうが焼きなど、様々な定食を提供している。
さらに、よく見ると至る所に屋久島の本やポスターがある。

実は、2代目店主の山﨑美智子さんは、鹿児島県の屋久島出身。そのため、この店では「トビウオのひらき」や「屋久トロ」など、屋久島の名物料理やお酒を堪能できる。
そして、調理を担当するのが、料理人歴65年の神山泰治さん。83歳ながらスタッフを率いて現役で活躍している。
夫が愛した店を守るため2代目店主に
26年前に、下北沢に開店した「おじゃが」。もともとは、山﨑さんの夫、豊弘さんが経営していたが2017年に他界。夫が愛した店を守るため、山﨑さんが2代目になった。
「なぜ屋久島料理なのでしょうか」と植野さんが尋ねると、「私が屋久島で生まれて、みなさんに喜んでいただけているので始めました」と山崎さんは経緯を語った。

世界自然遺産にも認定されている屋久島は、樹齢千年を超える巨木「屋久杉」など貴重な生態系と美しい景色が魅力の島。山﨑さんがその屋久島出身ということで、トビウオや長命草、屋久トロなど産地直送の貴重な食材を楽しめる。
慕われるおじいちゃんのような料理長
そんな「おじゃが」の料理を開店当初から作り続けているのが、料理長の神山さんだ。
現在83歳の神山さんは「18歳からやっている」と笑う。料理人歴65年の神山さんの1日は朝9時半から始まり、「今日は最後まで、12時間ぐらい働く」と話す。
キッチンには他のスタッフも入り、手分けをしながら仕込みを始める。

一緒に働くスタッフは、下北沢という土地柄もあり、バンドマンや役者といった芸術肌の方が多いという。壁に貼られたカキフライのメニューは、美大出身のスタッフの手書きだ。
スタッフに神山さんのことを聞くと、「“カミさん”ってみんな呼んでいる」「おじいちゃんと働いている感じ」「みんなのことお孫さんだと思っている」「実家みたいな感じ」と慕われていた。
優しいおじいちゃんと言われる神山さんだが、料理になると妥協を許さない性格だそう。

特に肉じゃがへのこだわりは強く、すべての具材をまとめて煮込むのが一般的だが、「おじゃが」では、味の染み込み方が違うこと、煮崩れを防ぐためという理由から、それぞれ別々に煮込んで作っている。
そのため、とにかく時間がかかるようで、月に2~3回、泊まり込みで仕込みをすることもあのだという。下北沢の食卓「おじゃが」の裏には、職人魂で味を守り続ける料理人の情熱があった。

本日のお目当て、おじゃがの「豚みそ焼き」。
一口食べた植野さんは「豚肉の美味しさ、味噌の香ばしさを程良く感じる漬け加減と焼き加減」と絶賛した。
おじゃが「豚みそ焼き」のレシピを紹介する。