2023年4月、宮城県柴田町で男性(当時54)が刺身包丁で刺され殺害された事件で、仙台地方裁判所は28日、男性の長男の妻(48)に懲役28年、次男(26)に懲役20年の実刑判決を言い渡した。判決によると、長男の妻に心酔し肉体関係まで持っていた次男はいわばマインドコントロールされ、実の父親に背後から包丁を突き立てた。次男は法廷で、父と最期に交わした言葉を明らかにした。「父は殺されることが薄々分かっていたのかもしれない」今も覚えている父の言葉が26歳の子供に響くことはなかった。

なぜ父は狙われたのか?

殺害された村上隆一さん(当時54)は宮城県柴田町の住宅に1人で住んでいた。事件の2カ月前に自宅を全焼する火事があり、引っ越したばかりだったが、特に変わった様子はなかったという。長年、同じ会社に勤め、同僚は「一見ぶっきらぼうで不愛想に見えるが、いい人だった」と話す。犯行の動機とされたのは、隆一さんの退職金と被告たちが行っていた美人局(つつもたせ)の証拠を隆一さんが握っていると思われたことだった。

事件現場となった住宅(画面奥)
事件現場となった住宅(画面奥)
この記事の画像(10枚)

背後にあった美人局グループ

殺害の罪に問われた長男の妻・村上敦子被告(48)は元夫やその妻などを使い、売春した男性から金をだましとる美人局グループを率い、遅くとも2021年ごろから犯行を重ねてきた。殺害の実行犯となった次男・村上直哉被告(26)もその一員として共犯関係にあり、メンバーは敦子被告が被害者からだましとった金を分配して生計を立てていた。その中でも敦子被告に深く心酔していたとみられるのが直哉被告だ。

村上敦子被告(48)
村上敦子被告(48)

【関連記事】敦子被告を中心とした美人局グループとは?

母の友人から兄の妻、恋人へ

敦子被告は母の友人として幼い直哉被告の前に現れた。隆一さんと離婚した実母と暮らし、虐待を受けていたと話す直哉被告。実の子のように接してくれる敦子被告を慕っていたという。その後、自衛隊に入隊するも、途中で除隊した直哉被告は父親の隆一さんと暮らすようになる。長男や直哉被告の面倒をみることで隆一さんから金銭的な援助を受けていた敦子被告は、2度の離婚を経て長男と結婚した。隆一さんからの支援を受け続けるためだったとみられている。

村上直哉被告(26)
村上直哉被告(26)

直哉被告は父よりも長男と敦子被告と暮らすことを選び、敦子被告と一つ屋根の下で過ごすようになった。直哉被告は兄への罪悪感を持ちつつ、敦子被告と肉体関係を持つようになり、母の友人はいつしか恋人のような存在へとなっていた。
そこに現れたのがLINEで連絡してきた「JUN(ジュン)」という存在だ。

殺害へ導いたジュンのメッセージ

直哉被告は2020年ごろからLINEで「JUN」というアカウントとやりとりを始めた。ジュンは霊能力者を名乗り、会ったことがない自分の周りの出来事を言い当てたことから信頼を深めていった。直哉被告が殺意を抱くきっかけを作ったのがジュンのメッセージだったとみられている。

LINEのアカウント名は「JUN」霊能力者を名乗った ※画像はイメージ
LINEのアカウント名は「JUN」霊能力者を名乗った ※画像はイメージ

脳梗塞を発症した敦子被告は「呪いによって症状が悪化している」として、「呪いを解くためには実母の命を奪わなければいけない」と告げられた。さらに隆一さんについても「実母を助けていて、どちらかを殺さなければ敦子被告が死んでしまう」と告げられ、直哉被告は殺害の意思を固めていく。東京にいる実母を殺すことは難しかったため、隆一さん殺害を決意し、2023年3月ごろから「人を確実に殺す方法」などをインターネットで調べていたという。

背後から襲われた父

2023年4月17日午前1時40分ごろ、隆一さんは自宅の玄関先で、背後から右腰を刺身包丁で刺され、臓器損傷による失血で死亡した。公判で直哉被告は殺害については認めたが、敦子被告との共謀は認めず、ジュンについても「助言してくれただけで殺害は自分で決意した」と証言し、単独の犯行であると強調した。

公判中の直哉被告(左)と敦子被告(右) スケッチ:酒巻空
公判中の直哉被告(左)と敦子被告(右) スケッチ:酒巻空

一方、敦子被告は殺害も共謀もしていないとし、敦子被告のスマートフォンから送られていたジュンのメッセージについても第三者が送った可能性があると主張。公判では敦子被告がジュンであるかどうかについて、共謀が成立かするかどうかが争われた。

ジュン=敦子被告と認定

地裁は検察側が積み上げた通信回線の利用状況やメッセージを送った同時刻にスマホのようなものを操作している敦子被告の映像などをもとに、敦子被告以外がメッセージを送信した可能性は考えられないと、ジュン=敦子被告と認定した。

仙台地裁の判決公判(2024年11月25日)
仙台地裁の判決公判(2024年11月25日)

また、直哉被告がジュンの言葉をもとに殺害を決意したという捜査段階の供述を変えたことに触れ、敦子被告の弁解内容を知った上で、敦子被告の関与を小さくする方向で虚偽の事実を述べたと理解するのが相当と指摘。ジュンが敦子被告であることを前提に、殺人の共謀は成立するとした。

判決を聞く敦子被告(左)と直哉被告(右) スケッチ:酒巻空
判決を聞く敦子被告(左)と直哉被告(右) スケッチ:酒巻空

仙台地裁の宮田祥次裁判長は、敦子被告に対し「美人局の証拠が明るみに出ることを防ぐとともに、隆一さんの退職金を得ようとしたもので悪質性が顕著」として懲役28年(求刑30年)を言い渡した。直哉被告に対しては「実行犯として計画的かつ強い殺意で犯行に及んだ」と指摘する一方で「敦子被告に利用され、思い込みで犯行に及んだことからも敦子被告ほど悪質とまではいえない」として懲役20年(求刑23年)を言い渡した。

父との最後のやりとり

法廷の中で明かされた直哉被告と隆一さんのやりとりがある。背後から隆一さんを刺し、包丁を抜いた直後、隆一さんは以下のように話したという。

隆一さん:何してんの
直哉被告:ごめん
隆一さん:捕まるぞ
直哉被告:そうかもしれない
隆一さん:帰れ
直哉被告:はい

直哉被告と事件現場となった隆一さんの自宅
直哉被告と事件現場となった隆一さんの自宅

直哉被告はこのやりとりについて「私が捕まらないように父は逃がしてくれた。父は殺されることが薄々分かっていたのかもしれない」と振り返った。

「気付く機会はあった」罪の重さ

判決の中でも、隆一さんの最期のやりとりについて触れられた。「自らの行為の意味に気付く機会を与えられながらも、これに気付くことなく、財布を奪って強盗に見せかけたり、隆一さんの生存を偽装したりした」(判決文より抜粋)

敦子被告(左)と直哉被告(右) スケッチ:酒巻空
敦子被告(左)と直哉被告(右) スケッチ:酒巻空

敦子被告は法廷で、か細く高い声で「殺していません」と訴え、判決を言い渡された後には傍聴席を振り返り、マスク越しに口元を抑えて判決に驚いたような表情を見せた。その姿は自らの無罪をアピールするようにも見えた。罪を全て自分で背負おうとした直哉被告は、そんな敦子被告を心配そうに見つめ、法廷を後にした。
隆一さんが与えた「気付く機会」。直哉被告がその重さを感じる日は来るのだろうか。

仙台放送
仙台放送

宮城の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。