「断ったら助けてもらえなくなる」村上敦子被告(48)に売春をさせられていた女はかつて法廷でそう話した。父親を殺害したとされる次男は、幼い頃に出会った敦子被告を母親のように慕い、肉体関係まで持つようになった。検察が「卑劣極まりない」と厳しく非難した敦子被告は法廷では言葉少なく物静かにも見える。48歳の女はいかにして犯罪グループを作り上げ、人を思うままに操ったのか。法廷でその一端が見えてきた。
小さな町を揺るがした事件
2023年4月17日朝、宮城県柴田町の住宅の玄関先で、会社員の村上隆一さん(54)が死亡しているのが見つかった。死因は刃物で腰を刺されたことによる失血死。約4カ月後、警察の捜査により、村上さんの次男・直哉被告と長男の妻・敦子被告が逮捕された。親族同士による殺人事件。しかし、事件は意外な広がりを見せる。

警察が捜査の中で立件したのが、敦子被告を中心とした美人局グループだった。敦子被告の元夫の妻に売春をさせ、夫役、交渉役など役割を分けて、数年にわたり犯行を繰り返したとみられている。リーダーは敦子被告。直哉被告を含めたメンバーは「敦子被告がいないと生活できない」と口を揃え、心酔にも似た信頼感を示す。

なぜ敦子被告はリーダーとなり得たのか。これまでの証言をたどっていく。
19歳で結婚 ママ友を売春させる
敦子被告には3度の結婚歴がある。最初の結婚相手となった男性の証言によると、敦子被告は白石市の高校を卒業後、19歳で結婚し、3人の子供を授かった。趣味はスロットで、同じパチンコ店の常連客として、村上さんと離婚していた直哉被告の母と出会った。敦子被告は、自分の子供たちと幼い直哉被告を一緒に遊ばせ、我が子のように面倒を見ていたという。元夫は直哉被告と兄の当時の様子について「体はガリガリ。ごはんをまともに食べていないようだった」と振り返る。敦子被告は直哉被告の家庭環境に同情していたという。

だが、ママ友だったはずの敦子被告と直哉被告の母の関係はその後、ねじれていく。敦子被告は直哉被告の母に「私の母親に風邪をうつした」などと因縁をつけて慰謝料を要求。金を払うために売春を勧めた。敦子被告が出会い系サイトで相手を見つけ、金額などの条件を決めて売春をさせたという。
元夫の新しい妻にも売春させる
2009年に敦子被告が離婚してからは、敦子被告の元夫に慰謝料を請求。元夫の新しい妻に売春をさせて“売り上げ”から慰謝料を抜いていく。一方で、売り上げの一部は生活に困窮していた元夫たちの生活費にもなっていた。冒頭の「助けてもらえなくなる」という言葉は敦子被告に依存するようになっていた状況を示している。

売春グループはその後、遅くとも2021年ごろから、さらなる“売り上げ”を目指した美人局(つつもたせ)グループへと変容していった。元夫の妻がホテルで男性と売春し、直哉被告が出入りを撮影、元夫が男性に声をかけて、敦子被告が示談金を交渉する。だましとった金を分配するのは、リーダーの敦子被告だ。犯行を重ねるたび、メンバーは敦子被告への依存を深めていった。
3度目の結婚は「金銭目的」
一方で、敦子被告は2度目の結婚と離婚を経て2011年、ママ友の息子だった直哉被告の兄と3度目の結婚をする。敦子被告の元夫によると、直哉被告の父・村上さんは子供の面倒を見てくれる敦子被告を金銭面で支援していた。直哉被告の兄との結婚は村上さんの援助を受け続けるためだったという。

金銭目的とはいえ、義理の姉と弟という関係になった敦子被告と直哉被告。兄から暴力を振るわれたという敦子被告を励ますうち、いつしか肉体関係を持つようになった。直哉被告は兄への罪悪感を抱えながら、関係を続けていたと話す。
もう一人のキーマン
直哉被告の証言などによると、敦子被告は直哉被告が小学生の頃、母に暴力を振るわれていたときに引き取ってくれたという。生活も共にし、直哉被告は敦子被告によく噓を見抜かれたと振り返る。直哉被告は中学生になると、父親の村上さんと暮らすようになった。高校を卒業後、自衛隊に入隊するが、母に給料の8割を使われるなどされ、ノイローゼとなり除隊。2020年に警備会社へ就職した。その頃、直哉被告に謎の人物がLINEで接触してきたという。その人物は「敦子被告の後輩でサトウジュンイチ」と名乗った。

今回の殺人事件のカギを握る、霊能力者JUN(ジュン)との出会いだ。
ジュンが芽生えさせた殺意
ジュンとLINEでメッセージを交わすようになった直哉被告。2023年1月、直哉被告と敦子被告が新型コロナウイルスに感染すると、直哉被告は、脳梗塞になったことのある敦子被告を心配し、ジュンに相談した。呪いのせいだと考えたという直哉被告は、ジュンから「村上さんと直哉被告の母がかけた呪い」と聞くと、呪いを解くには父を殺すしかないと考えるようになったという。

LINEで接触してきて、直哉被告に殺意を植え付けたジュンと名乗る人物。一体、何者なのか。検察はスマートフォンからその“足跡”をたどっていた。
敦子被告のiPhoneを使ったジュン
検察が法廷で明らかにしたのは、直哉被告のLINEの解析結果だ。解析によると、ジュンのメッセージは敦子被告が持つiPhoneから送信されていた。敦子被告はインターネットを利用できるスマートフォンの他に、Wi-FiしかつながらないiPhoneを持っている。メッセージはこのiPhoneから送られ、敦子被告の車にあるWi-Fiルーターを経由して送信されていたという。さらに、コンビニの防犯カメラには、ジュンが直哉被告にメッセージを送信した同時刻に、敦子被告が周囲を気にしながらiPhoneのようなものを操作している様子が映っていた。

最後まで殺人の関与を認めず
検察が明らかにしたジュンと敦子被告とのつながり。敦子被告は法廷で「JUN」というアカウントを登録したことも使ったことも「ない」と答え、最後まで殺人への関与を認めることはなかった。

2024年11月19日、仙台地裁で開かれた論告求刑公判。
検察は、敦子被告を事件の首謀者とし、美人局などの犯行が発覚することを恐れ、村上さんの遺産や退職金を奪うために殺害したと指摘。「自分に心酔している直哉被告を手駒として、自分の手を汚さないようにした卑劣極まりない行動には、極めて強い非難が値する」として懲役30年を求刑。直哉被告には「愛する敦子被告との生活を維持したいという利己的な思いに基づくもので、父親を殺す重大な結果を生じさせた」として懲役23年を求刑した。

一方、弁護側は、敦子被告がジュンである決定的な証拠はないと主張。敦子被告には執行猶予付きの判決を求め、直哉被告は呪いを信じるなど主観のゆがみがあったとして、懲役9年以下の判決を求めた。
「申し訳ない」次男の言葉
直哉被告は最後に「父に申し訳ない気持ちでいっぱいです」と話した。この言葉はそのまま受け止めるべきなのか。そう迷いを感じさせるほど、直哉被告の敦子被告とジュンへの心酔ぶりは強く、ゆがんだものだった。実の息子に刺されて亡くなった村上さんは直哉被告を最後に見て何を思ったのだろうか。判決はまもなく言い渡される。