北九州で30年以上にわたりホームレス支援を行っているNPO法人抱樸(ほうぼく)の理事長、奥田知志さんはいま、特定危険指定暴力団「工藤会」の旧本部跡地に総合福祉施設とまちづくりの拠点「希望のまち」を建設しようとしている。「暴力団」、「闇バイト」そして「世代間対立」。若者が生きづらさを抱える日本社会を奥田さんは「希望のまち」でどう救おうとしているのか?
(サムネイル写真提供:抱樸)
暴力団しか居場所がない社会とは
「工藤会は9月11日で壊滅作戦が始まって10年でしたね」
そう語るのは北九州で30年以上にわたりホームレス支援を行ってきたNPO法人抱樸の理事長、奥田知志さんだ。奥田さんはいま、「工藤会」旧本部の跡地に複合型福祉施設を建設し、「怖いまち」と評されていた地域を「希望のまち」に変えようとしている。施設名はまさに「希望のまち」。地域の誰もが利用でき、子どもの学習支援や居場所づくり、放課後デイサービスやボランティアセンターなどの機能も有する予定だ。

工藤会について奥田さんはこう続けた。
「裁判の中で工藤会のナンバーツーが『工藤会は解散しない。なくならない』と言っています。その理由を『こういう組織が必要な居場所のない人間が、世の中にはいるんだ』と。確かに居場所のない人はいますが、暴力団事務所しか居場所がない社会というのは一体どうなのかと思います。だからこそ『希望のまち』みたいな受け皿が各地にできないかと考えました」
希望のまちは家族の役割を社会が担う
奥田さんのホームレス支援活動の原点は1990年に北九州で起きた中学生によるホームレス襲撃事件だ。工藤会の本部跡地を購入するとき、奥田さんはふと「襲った中学生はその後どうなったのだろう」と考えた。

「調べてみると北九州市は毎年約8千人の中学生が卒業しますが、そのうち約100人が進学も就職もしません。いまは引きこもりの子どもが多いのですが、当時はそのうち一部が暴力団事務所に流れたと思います。暴力団は疑似家族として帰るところがない若者の居場所となり、利用して犯罪者にする。今回の希望のまちはまさに家族の役割を社会が担う、いわばまちを『なんちゃって家族』にするものです」(奥田さん)
闇バイトになぜ若者は手を出すのか
そして奥田さんがいま懸念するのが、「闇バイト」に取り込まれる若者たちだ。奥田さんは抱樸の活動の中で多くの若者の支援も行ってきた。なぜ闇バイトに手を出すのか?奥田さんは3つの要因があると考えている。
「1つは若者の貧困です。いま15歳から34歳の世代で500万人以上が非正規労働者で、そのうち2割がいわゆるアンダークラス(平均年収186万円以下)の人たちです(※)。ただ貧困になれば犯罪者になるのかというとそんな単純な問題ではないと思います」
(※)2020年総務省の労働力調査
孤独な若者は自暴自棄となり犯罪に
そして2つ目に奥田さんがあげるのが「孤独」だ。

「最初に身分証明書や家族の居場所を取られたりしても、『これ以上いったらヤバイ』というポイントがあったと思います。しかしその時にたぶん誰にも相談できない。先日横浜市の事件で逮捕された青年は『家族に危害が加えられるかもしれないと断れなかった』と供述していますが、彼の祖父は『こんなことになるぐらいだったら、家族に危害が加えられたほうがマシだった』と悔やんでいました。そう言ってくれる人が近くにいたのに相談できなかった。家族に迷惑かけたくない、助けてと言えない時代になってしまっているのです」
3つ目の要因は「自暴自棄」だ。奥田さんは「いまの若者には生きる意味付けや物語、動機付けが欠落している」という。
「抱樸にたどり着く若者の多くが『自分はどうでもいいいのち』と言います。人が生きようと思うのには他者とのつながりが必要です。しかし他者とのつながりがない、孤立、孤独な若者は自暴自棄となり犯罪を厭(いと)わなくなります」
世代間対立させない希望のまちづくり
さらに闇バイトの背景として、奥田さんが危惧するのは「世代間対立」だ。
「闇バイトで逮捕されたのは20代から40代が多く、被害者は比較的高齢者が多い。俯瞰的に見ると就職氷河期以降の世代がそれ以前の豊かだった日本を過ごした世代を襲撃している構図に見える。よく親ガチャと言われますが、いまは世代ガチャです。闇バイトは判断能力がない、異常な若者が手を出していると特殊化すると見誤るのではないかと思います」
「だからこそ希望のまちづくりが大切だ」と奥田さんは言う。
「希望のまちづくりは子どもから高齢者まで属性を単一化しません。世代間対立に発展しないようにと言ったら大げさかもしれませんが、一同に会する場にします。いま単身世帯が約4割。もはや家族、身内でなんとかしろと言われてもできない時代です。『103万の壁』『手取りを増やす』のも大事だけども、政治は目先のことではなく構造的、根本的な議論をしてもらいたいです」

希望のまちのプロジェクトは、資材や人件費の高騰で予算の見直しを迫られているという。
「いま多くの社会福祉事業を担う団体の建築計画がストップしていると聞きます。また抱樸の炊き出しに並ばれる方の人数がコロナ前の倍となっています。経済的に苦しく頼れる家族もいない孤立状況の中で、途方に暮れている方も少なくない。だからこそ希望のまちが必要だと実感しています」抱樸ではいまプロジェクトのための支援を求めている。