パリ・パラリンピックで日本代表が金メダルを獲得した車いすラグビー。2016年のリオ、21年の東京の銅メダルから3年、ついに悲願の優勝を果たした。なぜ日本の車いすラグビーはここまで強くなったのか。勝利の要因の1つとされるのが日本車いすラグビー連盟の組織改革だ。2018年に就任以来6年にわたって連盟の理事長だった、オイシックス・ラ・大地株式会社代表取締役社長の高島宏平氏に聞いた。

マネジメントでまず「価値観を定める」

「ほとんどの人たちがボランティアで関わっている団体の経営は、明確な指示命令系統があるタイプの組織とはまるで違うのが一番難しく、マネジメントはとても苦労しました」

筆者が連盟の経営について聞くと、先月理事長を退任(現在は理事)したオイシックス・ラ・大地株式会社の高島宏平氏はこう語った。

「マネジメントをする際にまずやったことが『価値観を定める』でした。『何を目指すのか』が無いと、皆が正しいのに皆違うことを言っている、というようなことになるので、価値観を定めるのが大事だと思ったからです」

高島氏「マネジメントはとても苦労しました」
高島氏「マネジメントはとても苦労しました」
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東京オリパラに向けて経済同友会で「東京オリンピック・パラリンピック2020委員会」の委員長をしていた高島氏は、車いすラグビーと出会い「非常に競技性、エンタメ性が高く、日本が強い」と感じて協賛社になった。その後日本車いすラグビー連盟の理事長にと声がかかり、2018年に就任した。

「スポーツ新聞に載る」をビジョンに掲げる

高島氏が連盟で始めたのは広報、営業、経理、マネジメントの4つの組織改革だった。

まず広報では「スポーツ新聞に載る」をビジョンとして掲げた。

「パラスポーツを健常者、障がい者が分け隔てなく共有できるスポーツにしたいと思いました。スポーツ紙に競技大会の結果が出て、皆が喜んだり悲しんだりするようにならなければいけないと。そのために広報はとても大事だと思い、外部から副業募集をしました。2千人ぐらいの応募がありましたね」

車いすラグビーがパラスポーツの概念を変える
車いすラグビーがパラスポーツの概念を変える

「スポーツ紙に載るのが目標というのは面白いですね」と筆者が言うと、高島氏はこう続けた。

「ワイドショーももちろん嬉しいのですが、ヒューマンドラマだけではダメだなと。やはりスポーツですから。だからパリ・パラリンピックで皆が競技として興奮してくれたのがとても嬉しかったです。車いすラグビーがパラスポーツの概念を変える責任があると勝手に背負いながら、やっていきたいと思っていましたね」

営業で選手の強化費用をつくる

そして営業。

「選手の強化プログラムに関しては、できるだけ現場が考えた通りにやれるように、少なくともお金を理由に諦めないようにしようと思いました。ただ当初は連盟内に『アマチュアスポーツなのでお金儲けでやっているのではない』『スポンサー企業に行って何か話す必要があるのか』という意識がありました。しかし営業をする中で、スポンサーが増えていくと選手の強化費用などで自分たちに返ってくることが皆わかってきましたね」(高島氏)

営業で強化費用を手当てした
営業で強化費用を手当てした

パリ・パラリンピックに向けてヘッドコーチから「アウェーでの試合に不安がある」と言われ、パリの前に4回海外遠征を行った。

「資金的な手当てができたので行ってもらいました。車いすラグビーの日本代表は圧倒的に海外遠征が多かったと思います。事前のアウェーの試合で様々なトラブルを経験して、想定外のことが起きても動揺しなくなったのも効果として大きかったです」

マネジメントで「決め方を決める」

「やっぱりちゃんとお金を稼ぐということに尽きるんです」と高島氏はいう。

「助成金やスポンサーを取りに行くこともありますが、大会をやってどう収益を上げるのかもわかってきました。グッズ販売も取組みを始めており、これからも強化していこうと。他にもふるさと納税や有料のファンクラブなど、やれる余地はまだあります。オーソドックスにやるべきことに人を配置して実行する。オイシックス社の社員でも手を挙げてくれた人たちに副業的に入ってもらいました」

「お金を稼ぐ」ためにやれる余地はまだある。
「お金を稼ぐ」ためにやれる余地はまだある。

マネジメントに関して高島氏は「これまで経験した団体の中で圧倒的に難易度は高かった」という。

「団体はボランティアの人たちが大半です。この人たちは、強い思いを持っているのですが、思いがバラバラでした。また給料をもらっていないのでトップの話を聞く理由がないし、人事権も関係ありません。だから連盟の価値観を定めることをまず行いました」

そしてもう1つ行ったのが「決め方を決める」ことだった。

「それまではすべてのことに関して、すべての人で話し合うみたいな感じでした。決め方を決めるというのは、シンプルにマネジメントそのものですが、今振り返っても役に立ったと思います。またボランティアの方に対しても有償の規定を明確に決めて、全体的に整備しました」

企業経営者は皆非営利団体の経営もやったほうがいい

オイシックスではいま球団「オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ」を経営している。高島氏は「企業経営者は皆、非営利団体の経営もやったほうがいいと思っているんですよね」と語る。

「スポーツ団体だけではなく、様々なNPOなど本当にやったほうがいいとおもっていて、法律で『上場したら非営利団体に一つでも関与しないといけない』と定めたらいいと思っています」

企業経営者は非営利団体の経営もやったほうがいい
企業経営者は非営利団体の経営もやったほうがいい

その理由は2つだ。

「企業経営者にとって非営利団体では当たり前のことが当たり前ではない。例えば決め方を決める、意思決定のプロセスをつくるというマネジメントを我々は日々やっているのですが、多くの非営利団体ではこれまでそうではなかった。それ以外でも広報や営業、経理という企業経営者にとっては当たり前のことが、非営利団体にはすごく役に立つ部分があるのでいいと思います」

ダイバーシティ経営体験が自社に役立つ

また企業経営者にとっても大きな利点があるという。

「我々は普段ダイバーシティ経営と言っているのですが、こうした団体では有償無償の人たちが混じっているし、障がいの有無も度合いも違う。これだけ違いのある人たちをマネジメントするダイバーシティ経営を体験することは、自社の経営にもすごく役に立つと思うんです。だからどっちにとってもプラスになると思います」

企業経営者が経営に乗り出すことがお互いのプラスになる
企業経営者が経営に乗り出すことがお互いのプラスになる

日本の車いすラグビーが金メダルを獲得した際、元フェンシング日本代表選手の太田雄貴氏はSNSで、高島氏を「財務の健全化を図ると同時に、マーケや、プロモーション、自治体との連携に至るまで様々な取り組みをされました。オリンピック競技も参考にした方がいい水準の取り組み方でした」と称賛した。

企業経営者が非営利団体の経営に乗り出すことが、お互いのプラスとなるのだ。
(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。