中東紛争激化から1年
10月7日で中東紛争が激化してから1年となった。
昨年10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム主義組織ハマスがイスラエルへ奇襲攻撃を行ったことにより、両者の間で戦闘が激化していった。しかし、両者の軍事力の差は歴然としており、イスラエルはハマス殲滅を目的とした強力な軍事力を行使し、それによってガザ地区では罪のない市民が次々に巻き込まれ、この1年でパレスチナ側の死者数は4万人を超えている。
この記事の画像(9枚)アラブ諸国を中心に国際社会ではイスラエルを非難する声が広がっているが、イスラエルのネタニヤフ政権は依然として強行姿勢を崩していない。
イスラエルとハマスとの戦闘は、ハマスへの共闘を宣言するレバノンやイエメン、シリアやイラクに点在するシーア派の親イラン武装勢力が反イスラエル闘争をエスカレートさせていくことで、中東全体に影響が拡大している。
イスラエル北部ではイスラエル軍とヒズボラとの攻防が激化し、地元住民は避難を余儀なくされている。イエメンのフーシ派は国際貿易路としての紅海を航行するイスラエル船籍などへの攻撃を始めるだけでなく、イスラエル領内にドローンやミサイルを発射したりするなどし、今日ではイスラエルとハマスより、イスラエルと親イラン武装勢力との攻防の方が深刻になっている。
また、イスラエルと親イラン武装勢力との軍事的応酬が激しくなる中、イスラエルとイランとの対立構図も先鋭化している。
4月1日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館領事部の建物にイスラエルが発射したミサイルが着弾し、イラン革命防衛隊の司令官や軍事顧問ら13人が死亡したことへの報復として、イランは初のイスラエルへの直接攻撃に踏み切り、ドローンや巡航ミサイルなど300発あまりをイスラエルに向けて発射した。
その後、イスラエルは7月末にイランの首都テヘランを訪問していたハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤ氏を殺害したことに関与したとされ、9月末にレバノン首都ベイルートにあるヒズボラの施設などに80発あまりの爆弾を投下し、ヒズボラの指導者ナスララ師を殺害したと発表した。
イランが長年支援し続けるハマスとヒズボラの最高幹部が相次いで殺害されたことで、イランは再びイスラエルへの直接攻撃に踏み切り、弾道ミサイル200発あまりを発射した。
紛争は”フェーズ2.5”に深刻化
以上のように見ると、この1年間の紛争は3つのフェーズに分けられよう。
フェーズ1はイスラエルVSハマスという対立構図で、戦場がガザ地区にほぼ限定されている状況であり、フェーズ2はイスラエルVS親イラン武装勢力で、軍事的応酬という意味では最も激しくなっている状況と言え、フェーズ3がイスラエルVSイランとなる。
イランは第3のフェーズに陥らないよう最大限の自制に努めているように映るが、イラン革命防衛隊の幹部や親イラン勢力の最高幹部などが相次いで殺害されるとなると、イランとしてもイスラエルを牽制する手段として、また親イラン勢力に対するメンツを保つためにも対抗措置を取らざるを得ない状況だ。
両国の全面的な衝突を意味する第3のフェーズは何としても避けなければならないが、今日の状況は”フェーズ2.5”といったところだろう。
紅海ルート遮断による物流への影響
一方、フェーズ2.5まで陥っている中東紛争の中、日本企業にも大きな影響が及んでいる。
昨年11月、英国の会社が所有し、日本郵船が運航していた自動車運搬船がイエメン沖を航行中にフーシ派によって拿捕される事件が発生した。
フーシ派は自動車運搬船を乗っ取る様子を映した映像を公開したが、これによって紅海からスエズ運河に繋がるルートの危険性に対する認識が広がった。
日本郵船や商船三井、川崎汽船など大手海運3社は今年1月までに紅海ルートの航行を停止し、アフリカの喜望峰を経由する迂回ルートの利用を余儀なくされている。
今日でも再開の目処は立っていない。
日本企業の中東諸国駐在員への対応
また、紛争が中東全体に影響を与える中、中東諸国に駐在員を派遣したり、関係機関などを持つ日本企業は情勢の行方に懸念を強めている。
フェーズ1では、イスラエルに進出する企業の間で駐在員や帯同家族の安全をどう徹底するか、退避させるかどうかなどの動きが広がったが、影響が限定的ということで他の中東諸国に進出する日本企業の間では大きな動きはなかった。
しかし、紛争がフェーズ2、フェーズ2.5のような状況に変化していくと、湾岸諸国に拠点を構えるような日本企業でも情勢の行方を懸念する声が広がっている。今日、紛争はイスラエルの隣国レバノンで激化し、日本政府はレバノンからの邦人退避を進めているが、イランからイスラエルに向けて発射された弾道ミサイルなどはヨルダン上空を通過し、ヨルダン各地ではイスラエルによって迎撃されたミサイルの破片が落下するなどしている。
今後いっそうフェーズ3の状況に近づけば、中東御三家の日本へのフライト、ドバイやドーハなどからイスラエル、レバノン、ヨルダンなどに向かうフライトは再び運航停止となり、駐在員の安全や退避に大きな影響が出てくることが予想される。
中東紛争が企業イメージに与える影響
さらに、この紛争は企業イメージにまでも影響を及ぼしている。
伊藤忠商事の子会社である伊藤忠アビエーションは2024年2月、イスラエルの軍事企業エルビット・システムズとの業務提携を同月末で終了すると発表した。伊藤忠アビエーションは防衛装備品の供給などを担っており、防衛省からの依頼に基づいて、自衛隊が使用する防衛装備品を輸入するためエルビット・システムズとの業務提携を2023年3月に交わしていた。
また、川崎重工業がイスラエル軍事企業との間で航空機1機を購入する契約を締結していることに対し、川崎重工業の神戸本社前では7月にパレスチナ支持団体がその停止を求める抗議活動を実施した。パレスチナ支持団体からは「企業の使命を改めて考えるべき、ドローン購入はイスラエルに利益をもたらしパレスチナでの悲劇を助長する」などの声が上がり、2万人あまりの署名が同社に手渡された。
近年、先端テクノロジー分野で飛躍的成長を示すイスラエル企業に接近する企業の数は増えているが、紛争の激化によってイスラエル企業との関わり方は、レピュテーションリスクという観点から企業にとって課題となっている。
【執筆:株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹】