石破茂首相はクリスチャンとして知られる。これは政治的決断にどう影響しているのか。「BSフジLIVEプライムニュース」では山口二郎氏と佐藤優氏を迎え、自民党総裁・首相としての決断、その余波や自公関係・野党の戦略について議論した。
石破首相の宗教的価値観における自らの「使命」とは
反町理キャスター:
石破総理は母方の曽祖父から4代続くプロテスタントで、母の影響で幼少期から教会に通う。2016年には「私は生まれたときからのキリスト教徒です。『神様がおられない』というような考え方をしたことは一度もありません」と話した。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
石破さんは、キリスト教的な価値観が根っこにあり政治家になったと見た方がいいほど信仰心があつい。所属する日本キリスト教会は「生まれる前からその人の使命は決まっている。総理大臣になるなら生まれる前からそういう使命がある。神様のためにそれをする。どんなに逆境があり世の中から受け入れられなくても、心の中で神様に照らして正しいと思うことならば進め、そうすればそれは必ず実現する」と強く教える教派。当選前に何人かの石破さんと親しいジャーナリストに聞いたが、「今回自分は総理になる」という根拠のない自信があったと。
反町理キャスター:
宗教的な部分で啓示を受けているという本人の気持ちと、実際の政治における今までの行動や状況はつじつまが合うのか。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
イエス・キリストが言ったのは「あなたたちはこの世で仕事をするとき、鳩のように素直であるとともに蛇のように狡猾(こうかつ)であれ」。キリスト教的には、現実政治では蛇のように狡猾でよい。
反町理キャスター:
「神から与えられた使命に向かう手段が総理大臣になることだ」と石破さんが思っているか。それに納得できる状況証拠を僕はまだ見ていない。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
例えば日米同盟という大枠がある。この上下関係は、次の戦争で我々が勝つまで絶対覆せない。するとジュニアパートナーとしての同盟になる。どこかの革命政党が言うような対米従属ではなく、それが現実に考えて日本の国益の極大化。だがアメリカに一定の主権を渡しているとしても、幅はある。その幅を極大化し日本の主権をより強化して少しでも独立に向けていくこと。石破さんはこれを、自分の代でやらなければならない使命だと思っていると思う。
反町理キャスター:
次のアメリカ大統領が誰になるかわからないが、新大統領との関係で石破さんの信仰は武器になるか。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
プラスになる。私の案だが、トランプさんになった場合、彼が作ったトランプ版の聖書を持って行ってサインしてもらえばよい。俺も同じプロテスタントのクリスチャンだと言って。ハリスさんだとしても、我々は現実の政治の中で生きているが神や超越的なものは大切にしたい、アメリカはそういう理念でできている国だからアメリカのデモクラシーを非常に信頼している、という話をすればかみ合う。
竹俣紅キャスター:
過去に洗礼を受けてキリスト教徒であったとされる総理大臣は、原敬、片山哲、鳩山一郎、大平正芳、麻生太郎の各総理。石破さんと比較して共通点・相違点は。
山口二郎 法政大学法学部政治学科教授:
大平さんと似ている部分がかなりあるのでは。大平さんは時代の変化を受け止め、使命感をもって消費税導入を提起した。解散総選挙を行い自民党が分裂に近い状況になって、政局運営としては非常に混乱を起こしたが、やはり信念の人。
「ぶれている」のか「君子は豹変す」なのか
竹俣紅キャスター:
石破内閣の支持率は発足直後としては高くない数字。要因の一つと言われるのが、石破総理の発言が就任前後で変わっていること。解散総選挙をめぐる発言でも、出馬会見では予算委員会で何を目指すか国民に示した上で信を問うべきとしていたが、総裁就任後の会見では予算委員会を行わず総選挙を行うことを表明した。FNN世論調査では、総選挙は国会論戦後の年内に行うべきだったと答えた人が39.8%と最も多い。
山口二郎 法政大学法学部政治学科教授:
石破さんには自分の派閥がなく、党内に本当に頼りになる側近が少ない。負けを少なくするため一刻も早く総選挙を、という党の判断に押し切られた構図。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
「君子は豹変す」だと思う。これは本来いい意味の言葉。過ちがあれば速やかにはっきり改める。今まで党内情勢がよくわからなかったが、当選した時点で自民党総裁としての自分の今の仕事は自民党を勝たせることだと考えた。それに解散総選挙についてだけは嘘をついていいという不文律もある。驚くことはない。
竹俣紅キャスター:
いわゆる裏金議員を総選挙で公認するか否か石破総理は基準を示した。非公認となるのは、非公認より重い処分を受けた人、処分継続中かつ政倫審で説明責任を果たしていない人、説明責任を十分に果たさず地元での理解が十分に進んでいないと判断される人。また不記載が明らかになった議員は比例代表との重複立候補を認めない方針。
山口二郎 法政大学法学部政治学科教授:
石破さんは総裁選のときから、全く相反する国民世論と党内世論に挟まれ悩んできた。たぶん何かの調査で国民世論の動きを見て、ここは国民世論の側に立つ姿勢を示さなければ自民党全体が吹っ飛ぶという大きな危機感があり、このように打ち出したのだろう。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
「公認しない」「重複は認めない」「普段通り」の3段階にしたことが重要。全て公認してしまえば次の国会にも問題を引きずる。いわゆる裏金議員に関しては、小選挙区で切り抜けて来ればみそぎになる。そこで当選できない人は、そんな人は淘汰(とうた)されたらいい。そうして自民党の新陳代謝をした方が中長期的に強くなる。そこまで考えていると思う。
日米安保条約と地位協定の改定は現実的か
竹俣紅キャスター:
石破総理が総裁選のときに主張していたのが、日米安全保障条約と日米地位協定の改定。米ハドソン研究所のホームページに掲載されたレポートで、石破総理は「日米安全保障条約の非対称双務条約を改めるときは熟した」として「日米地位協定において自衛隊をグアムに駐留させ、日米の抑止力を強化する。在日米軍基地の共同管理の幅を広げる」と主張。総裁就任会見では、アメリカに自衛隊の常設訓練基地を置くことなどを主張している。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
在日米軍基地の共同管理の幅を広げることは地位協定の改定でできる。だが自衛隊のグアム駐留、米国に自衛隊の常設訓練基地というのは仕切りの違う話。それらが石破さんの脳内で一緒になっている。外務省の国際法局と整理をしなければ。これに最低3カ月はかかると思う。ただ地位協定に関しては、日本の主権を伸ばすのりしろはまだあると思う。本気でやろうとするなら極秘協議を進めればいい。
山口二郎 法政大学法学部政治学科教授:
整理がついていないのは佐藤さんのご指摘の通り。ただ沖縄と米軍基地周辺の環境破壊の問題については、やはり国民世論としても地位協定を見直して日本の国益・日本人の人権を守ることを主張してほしい思いはあると思う。石破さんが問題提起して超党派的な合意を作っていくことが必要。
反町理キャスター:
沖縄の有権者の受け止めは。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
石破さんは共感できる人ではあるのだなと。だがすごく懐疑的だと思う。今までほとんどのことが実現されてこなかった。例えば、いま台湾海峡有事になれば、食糧自給率の低い沖縄で想定されるのは飢餓。そこに思いが及ばないのが今までの政治。沖縄の日本の政治に対する期待値はすごく低くなっている。
異なる信仰でも公明党との関係が深くなる理由
竹俣紅キャスター:
佐藤さんが注目したのが、公明党全国大会における自民党石破総裁の挨拶。冒頭、石破氏は「亡き父は1971年、岡山で公明党創立者の池田大作先生がご臨席の下に(中略)お話をさせていただいたご縁がある。大衆の中に生まれ、大衆の中に生き、大衆の中に死んでいく。この精神に学びながら自公政権があってよかったと国民に実感していただきたい」と語った。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
創価学会の行事に自分の父親が行った話を披露している。しかも自民党の総裁が公明党の大会で池田「先生」と表現した例は過去にない。創価学会では初代から第3代までの会長だけを先生と呼ぶ。その特別な意味をわかっている。また、公明党の前身の公明政治連盟の立党精神として池田さんが述べた「大衆とともに……」を引用した。公明党やその支持母体である創価学会と価値観を共有しているという異例のメッセージ。キリスト教と創価学会は違うが、超越的価値観という点で同じということ。これは創価学会の人の琴線に触れる。
反町理キャスター:
すると自公関係は強固になるか。
佐藤優 元外務省主任分析官 作家:
私は強くなると見る。今回は池田会長が亡くなって初めての国政選挙であり、創価学会には「報恩」の戦いだという思いがある。そこにこの総理が出てきた巡り合わせには仏縁を感じるはず。特に私は、自公の連携が質的に変わってくる象徴が大阪だと思う。注目している。
反町理キャスター:
この自公に対して野党はどう戦う?
山口二郎 法政大学法学部政治学科教授:
自民党の政治とカネの問題をやっぱり叩くことが主要争点になるのは仕方ない。それに象徴されるこの10年の自民党政権の問題を厳しく追及し、野党の議席を最大化して、ともかく自民党を、さらには自公を過半数割れに追い込むことが最大の課題。
「BSフジLIVEプライムニュース」10月2日放送