食の雑誌「dancyu」元編集長/発行人・植野広生さんが求め続ける、ずっと食べ続けたい“日本一ふつうで美味しい”レシピ。

植野さんが紹介するのは「さばの味噌煮」。

上板橋にある手づくり弁当と総菜の店「おかずや」を訪れ、脂の乗った肉厚のさばを、信州みそをベースにした煮汁でじっくり煮込んだ一品を紹介。

地元の友人たちがパートで手伝う、アットホームな店と、長年寄り添う、おしどり夫婦物語にも迫る。

宿場町として栄えた街・上板橋

「おかずや」があるのは、東京、上板橋。

「上板橋は川越街道に近くて昔から栄えていて、今も商店街がたくさんあったり、本当に住むのに便利な所」と植野さん。

板橋という地名は石神井川にかかる、板で作られた橋「板橋」が由来とされているという。

古くは鎌倉から室町時代に書かれた書物にも登場し、江戸時代には宿場町として栄えた。上板橋駅から商店街を抜けると川越街道があり、道の中央に5本のけやきの木がある。

昭和初期、もともとこの場所には、当時の村長の家があった。

道路を広くする工事の際、街の発展のためにと敷地内のけやきを残すことを条件に、土地を提供。こうして保存されたけやきは、「五本けやき」と呼ばれ、上板橋のランドマークとして親しまれている。

20種類の総菜を組み合わせた70種類ものお弁当

上板橋駅から徒歩2分の場所にある、商店街の中程に店を構える「おかずや」。

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店内には、目移りするほどの総菜がずらりと並ぶ。

家庭的な味わいを大切にした、“食べたい”がみつかる手作り弁当の店だ。

「値段の手頃さも、人気の秘密」

そう話すのは、店主の宇多川一行さんと、調理を担当する妻のひとみさん。そして地元の友人たちがパートで手伝う、アットホームな店。 

お弁当はアジやサケなど魚から、豚肉、鶏肉、牛肉など70種類。

そして総菜3品か、1品かを決め、約20種類の総菜の中から、好きな組み合わせを、自由に選ぶことができる。

白瓜の浅漬け、ブロッコリーのペペロンチーノ、中華はるさめ、菜の花のごまあえ、にんにくの芽炒め、ポテトサラダ。ナポリタン、アスパラ炒め、マカロニサラダ。

季節の野菜を使ったものから定番まであり、種類の多さに迷ってしまう。

自家製のタレに漬け込んだ、ボリューム満点の唐揚は、若者に大人気だという。

ジューシーな鶏もも肉で、衣はふんわり、無料でついてくるみそ汁も手作りだ。塩分ひかえめで、おだしがしっかりきいている。

牛と豚の合挽肉で作るハンバーグもファンが多く、ケチャップベースのソースは、どこか懐かしさを感じさせる味わい。

教習所で店主が一目ぼれして結婚

「おかずや」の1日は午前8時から始まる。

朝から5人で手分けして作った総菜は、20種類。出来立ての総菜を組み合わせてパック詰めし、並べていく。

総菜に加えて配達用のお弁当作りもあり、厨房(ちゅうぼう)は朝からフル稼働だ。

阿吽の呼吸で準備が進み、11時30分に開店すると、多くの客が押し寄せる。毎日愛情と手間ひまかけて作る、お弁当と総菜。そこには2人の思いがあった。

同じ板橋区出身の一行さんとひとみさん。2人が出会ったのは19歳の時で、場所は自動車教習所。「教習所で免許取る時、彼女はそこで受付をやっていた」と一行さん。

ひとみさんは「アルバイトをしていたんです、学校に行きながら。(一行さんは)全然免許が取れなくて、何とかしてやらないと、と思って声をかけたんです」と話し、一行さんは「初めて見た時、“この人と結婚するな”と思った」と明かした。

介護をきっかけに食事の重要性を実感

その後、2人は1976年に結婚。

一行さんは地元のスーパーの店長を勤め、ひとみさんも同じスーパーでパートをしていた。

そんな中、ある日ひとみさんがなじみの弁当屋の前を通ると閉店していた。ショックを受けたひとみさんだったが、「それなら、私がここでやってみようかな」と思い至る。

店主の宇多川一行さんと妻のひとみさん
店主の宇多川一行さんと妻のひとみさん

一行さんも「いいね!俺も一緒にやるよ!」と同意し、仕事を辞め一緒にお弁当屋を開いた。

「その頃、妻の親父さんが介護が必要な状況になって、朝昼晩と食事の世話をしなければいけなくなった。それが非常に大変だった。『作る人は大変だから、“総菜”を売る店をできたらいいね』と言っていた」と一行さんは当時を思い返す。

ひとみさんも「子供に食べさせたい、家族に食べさせたい料理を提供したかった」と話した。

「地元の人を支えるお店を作りたい」という思いがあるからこそ、お弁当の種類も豊富で、総菜も野菜を多く使い、バランスが考えられている。

みそ汁が無料でついてくるのも、温かいみそ汁でほっと、一息ついて欲しい、そんな思いが込められているのだ。

開店から24年が経ち、ひとみさんは「お母さんが来て子供が来て、孫まで3代くらい続いて来てくれているので嬉しい」と店のやりがいを話す。

一行さんも「“10年ぶりくらいに来たんです、覚えていますかぁ~”とか言ってくれる」とうれしそうな笑顔を見せた。

本日のお目当て、おかずやの「さばの味噌煮」。

一口食べた植野さんは「サバ独特のにおいやクセが一切ない。すーっとキレイにサバの旨味と味噌のコクが深まっていく」と感動していた。 

おかずや「さばの味噌煮」のレシピを紹介する。