南スーダン難民に笑顔を届けたい

 
 
この記事の画像(6枚)

開成高校と言えば誰もが知っている、偏差値トップ、東大合格者数NO.1の進学校だ。
本来なら受験勉強にひたすら打ち込む開成高生だが、なぜか去年、国際NGO主催の「南スーダン難民の子どもたちに笑顔を届ける」アイデアコンテストに応募しようと思い立った。
その理由を当時高校2年生だった村川智哉くんは、「優勝したら自分のアイデアを届けられるのが面白そうだったから」と言う。

アイデアコンテストは結局3位で、グランプリに与えられる現地での活動の機会は得られなかった。
しかし、難民問題への関心が強くなった村川くんたちは、「やはり現場を見に行きたい」と同じ志を持つメンバーを募り、「K-Diffusionors(ケーディフュージョナーズ:「開成の拡散者」の意味)」を設立した。
設立にあたって彼らが考えたことはこうだ。

「僕たち中高生は、勉強に部活に大忙しだが、そんな僕たちの周りでは今も多くの問題が起きている。その一つが難民問題だ。それを自分たちとは関係のない『他人事』と思う中高生に、同じ世代の僕らだからこそ『じぶんごと』として伝えることができるのではないか」

『他人事』を『じぶんごと』に

 
 

メンバーは早速、「僕たちも現地に行かせてください」と国際NGOに掛け合った。
しかし、現地に行くのはグランプリストだけ。さらに、高校生がウガンダの南スーダン難民居住地に行くには、いくつもの壁がある。たとえば、治安や疫病などの安全面は大丈夫か、学校や保護者の許可は取れるのか、そして費用は誰が出すのかなど。一度は断られたNGOを説得するため、彼らは現地をよく知る国際機関やNPO、メディアなどに会って情報収集する一方、協賛を求めて企業を説得して回った。そして、とうとう今年1月、5人のメンバーが、ウガンダのビディビディ難民居住地に向かうことになった。

現地で彼らは、難民の子どもにインタビューをし、実際に彼らの身にいま何が起こっているのか、彼らが何を考えているのかを聞くことにしていた。

撮影を担当していた松田祐和くん(高校3年生)は、出発前の気持ちをこういう。
「もともと難民問題だけではなく、社会情勢に興味がありました。アフリカに行くことを知って、せっかくのチャンスだからと行ってみようと。渡航前にいろんな人に会って話を聞いてみて、実際に見て感じるとどう違うんだろうなと思いました」

現地での大きな気づき

 
 

難民居住地には4日間の滞在だったが、松田くんは現地で2つの大きな驚きがあったと言う。

「現地に行く前は暗い雰囲気かなと思っていたんですけど、全然そうじゃなくて、サッカーとかバスケとか、歌ったり踊ったり、笑顔が絶えないと言うか、楽しそうだな、明るいなとまずびっくりしました。でも次には、難民の子どもたちにインタビューして、笑顔だった彼らの過去を知って、やはりつらい経験をしていたんだなとショックを受けました」

インタビューをした難民の子どもたちの中には、「自分の家族が殺害されるところを見た」「家族がどこにいるのかわからない」と言う子どももいた。

また、「ウガンダは安全で優しい」と感謝しながらも、「ここではいい学校にいけない」「食料の配給が無い日もある」と環境の厳しさを語り、「南スーダンに帰りたい」と訴える子どももいた。

村川くんは彼らの話を聞きながらこう思った。
「キャンプの景色を見て最初は、日本のニュースで見るのと同じだなと思いました。でも、いざ彼らと会って話を聞くと、モノが無いことだけでなく、本当に大変なことはほかにあると気づきました。戦争が起きている国に帰りたいと僕らは思わないじゃないですか。でも『本当に帰ってそこで暮らしたいの?』と聞くと、『帰りたい』『暮らしたい』と言うんです。モノが足りないこと以上に、もっと根源的なこと、精神的なこと、家族とのつながりとか、違う視点があることを学びました」

この状況を日本の同世代に伝えるために、メンバー5人は現地で撮影を続けた。さらに現地に行ったことのない人たちにより身近に感じてもらうために360度撮影も行った。

 
 

今月都内で行われた彼らの講演会「K-D Tokyo2019」には、コンテストを主催した国際NGOだけでなく、名だたる企業が協力社として名を連ね、約300名の中高生らが集まった。
イベントでは、プロ顔負けの自前のドキュメンタリー映像が流され、それぞれのメンバーの活動報告が行われた。また、360度撮影された映像はVR体験コーナーで披露された。

講演が終わると、参加した中高生によるワークショップも行われ、会場は熱気に包まれた。
参加者は「同年代の人達がすごいことをやっていて圧倒されました」と感想を口々に語った。同時に、「難民問題に限らず、ほかの社会問題についても考えてみたい。知識を増やしたら次は実践してみたい」、「高校生の力でここまで出来るのを見て、私も挑戦してみたい」と意欲を示した。

社会課題を「じぶんごと」として考えるきっかけにしたいというメンバーの想いは、同世代に伝わったようだ。
今回、現地に赴いたのはいずれも現在高校3年生だ。そろそろ大学入試に向けた受験勉強が本格的に始まることになる。ではこの活動はこれで終わるのだろうか?

「今回は東京の人たちに伝えましたが、これから地方にも活動を広げていきます。このあと熊本でも講演をやりますが、世界の反対側のことに触れられる機会はあまりないし、僕らが感じたことを伝えたいです」(村川くん)
この活動は開成高校の中でも下級生に引き継がれ、イベントやSNSを通してDiffusion=拡散されていく。
自ら行動し、学びの場をつくり、そして同世代に問題意識を広げていったK-Diffusionors。
開成高校が日本最強なのは、受験だけではなかった。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

【関連記事:「世界に負けない教育」すべての記事を読む】

「世界に負けない教育」すべての記事を読む
「世界に負けない教育」すべての記事を読む
鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。