静岡県牧之原市の幼稚園で女児が送迎バスに置き去りにされた事件をめぐっては、裁判所が当時の園長に禁錮1年4カ月の判決を言い渡し、弁護側・検察側の双方が控訴しなかったため実刑が確定した。ただ、両親にとっては愛する子供を失った悲しみが癒えることはなく、さらに別の苦しみを抱えている。それはSNS上での誹謗中傷だ。
愛する娘を失って…
この記事の画像(13枚)2022年9月、牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」の送迎バスに河本千奈ちゃん(当時3)が長時間にわたって置き去りにされ死亡した。
この事件をめぐっては、2024年7月4日、静岡地裁がバスを運転していた当時の園長(74)に対し、「安全確保に対する意識の欠如は甚だしい」として禁錮1年4カ月の判決を言い渡した。
判決言い渡しの直後、千奈ちゃんの父親は「実刑だとわかった瞬間には本当に何も考えられない状況でした。命を落としてしまって元通りには戻らない。千奈ちゃんは私たちが経験したことがない苦しみを味わいながら亡くなったので、これで『実刑になってよかったね』とは思えない。『助けられなくてごめんなさい』という気持ち」と胸の内を吐露。
愛する娘を失った悲しみ。そして、助けることができなかった後悔。
父親のSNSに心無い書き込み
しかし、遺族が抱える苦しみはこれだけに留まらない。
「園側は一切悪くない、この家庭や他の家庭が悪い。カス親のくせに被害者ヅラすんな」
「家から幼稚園近いなら、そもそも徒歩で送迎するべきでは? 被害者面してるけど、自分たちにも非はあるんだよ。こんなのが親かぁ」
これは千奈ちゃんの父親が事件後から始めたSNSに寄せられた誹謗中傷だ。
こうした心無い書き込みはSNSを利用するようになってすぐに始まったという。
千奈ちゃんの父親:
なぜ私たちや千奈が侮辱されないといけないのか理解に苦しみました。不確かな推測を発信されて気分が悪くなったことは数えきれません
「誰かが叩くとつられて叩く」
SNS上のトラブルに詳しい小菅哲宏 弁護士は「誹謗中傷の背景には群集心理がある」と指摘する。
小菅哲宏弁護士:
誰かが叩くと、それにつられて叩いてしまう、炎上ですね。普段の現実生活では使わないような言葉を発信しがち。他の人が叩いているからいいだろうという安易な気持ちが見え隠れする
SNSでの誹謗中傷は“心の殺人”
東京都に住む松永拓也さんも同じ思いをした被害者遺族だ。
SNS上の誹謗中傷について「人の心を殺しかねない、“心の殺人”に近いものだなと思う」と怒りをあらわにする。
松永さんは2019年4月、東京都豊島区東池袋で高齢ドライバー(当時87)の運転する車が暴走した事故で、妻の真菜さんと娘の莉子ちゃんを失った。
事故の後、松永さんのもとにも数え切らないほどの誹謗中傷が寄せられた。
「駄々こねるな 事故で妻と娘を亡くしただけだろ 死ね 消えろ ぶっ殺すぞ」
「男は新しい女作ってやり直せばいいこと お荷モツの子供も居なくなったから乗り換えも楽でしょうに」
「妻娘への口汚い言葉は許せない」
松永さんは 1人目の誹謗中傷をした男性と言葉を交わしたことがあるが、その時はそれほど悪意も感じなかったと振り返る。男性は「炎上商法で有名になりたかった」と言っていたそうだ。
ただ、何より許せなかったのが事故で命を落とした妻と娘に対する口汚い言葉だ。
松永拓也さん:
悲しいというか、そこに関しては怒りが湧いて卑怯だと思った。妻と娘はどんなこと言われても言い返すことはできないから、亡くなった2人に侮辱めいたことを言うのは、やっぱり到底許すことができない
誹謗中傷の根絶は刑事罰と教育で
松永さんはこれまでに3人を侮辱の疑いで刑事告訴し、このうち1人は2023年1月に有罪判決が言い渡された。
ほかの2人についても警視庁が2024年7月4日、検察に起訴を求める「厳重処分」の意見を付けた上で書類送検している。
匿名の声に長らく苦しめられた松永さんは「SNS上での誹謗中傷の根絶には短期的な視点と長期的な視点の両面による対策が必要」と訴える。
松永拓也さん:
誹謗中傷してしまう人たちに厳罰化・罰という形で、抑止力という形でやるのは、あくまで短期的な対処療法。いま起きてしまう誹謗中傷をなんとか抑える、これも大事で批判するつもりはない。ただ、中長期的な視点で考えると、やはり教育が大事になってくる
SNSの普及によって個人での発信が簡単になった現代。改めてその使い方とモラルが問われている。
(テレビ静岡)