京都市の市会が全国初となる手話表現に関する意見書を国に提出した。議員たちを動かしたのは、手話を用いた「手歌」と歌声を奏でる子どもたちの合唱団「ホワイトハンドコーラスNIPPON」。インクルーシブな社会の実現に向けた、京都市と子どもたちの思いを取材した。

「障害者は手話でどう表現するのか」

「みなさんは、障害者は手話でどのように表現するか知っていますか?」

6月4日、京都市会議場で市会議員らに向けてこう問いかけたのは、手話を用いた「手歌」と歌声を奏でる合唱団「ホワイトハンドコーラスNIPPON」京都チームのメンバー、小学校6年生の西村潤さんだ。この日ホワイトハンドコーラスNIPPONの子どもたちは、議場で手歌と歌声のパフォーマンスを披露した。そのうちの一曲、ウィーンの国連でも披露した歌「ゼロプロジェクト賛歌」の紹介で、西村さんは問いかけの後、こう続けた。

「実は(障害者は)“壊れた人”と表現します。私たちは自分のことを壊れているだなんて少しも思っていません。それどころか他の人には無い個性や能力だと考えています。この歌では差があるのではなく個性ある人と表現することにしました。しかし残念なことに、いまだに日本では障害者を“壊れた人”と表現しているのには変わりありません。私たちはそれを変えてバリアも差別も偏見も無い世の中を作っていきたいと思っています」

京都市会議場でパフォーマンスする西村潤さん(列の先頭)
京都市会議場でパフォーマンスする西村潤さん(列の先頭)
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そして最後に西村さんは議員らに向けて訴えた。

「そこで京都市会の議員の皆さまにお願いです。私たちのこの思いを議員の皆さまが推し進める、全国に先駆ける京都型共生社会モデルの形成にこの問題を入れて多くの人にこのことを知ってもらえる、私たちも参加できる話し合いの場をぜひ作ってもらえないでしょうか。どうかお願いします」

「私たちは世界を変えられる」

「ゼロプロジェクト」とは、障害者権利条約のもとバリアのない世界を目指して2008年から始まったもので、毎年オーストリア・ウイーンにある国連で国際会議が行われる。そして世界中の様々な国や地域での障害者の権利やインクルーシブな取り組みの成功事例を表彰しており、ホワイトハンドコーラスNIPPONも今年その取り組みを評価されアワードを受賞した。

議員たちも白い手袋を着けた
議員たちも白い手袋を着けた

「ゼロプロジェクト賛歌」は「もしあなたが私と出会ったら、ありのままの私を受け入れてください」と始まり、「私たちは世界を変えられる」と続く。そして「バリアをゼロにし、壁もなくし、境界線もなくし、制限も無くす。この目標に向かうゼロプロジェクトは人間の尊厳である」と歌い上げる。議場内では議員たちもホワイトハンド~白い手袋を着けて子どもたちを讃えた。

当事者と手話表現の在り方の議論を

ホワイトハンドコーラスNIPPONの訪問があった半月後の6月20日、京都市会は政府と国会に手話についての意見書(※)を提出した。意見書の中で京都市会は「壊れた人との表現はこれから手話を学ぶ人や日本の未来を担う子どもたちに誤解を生じさせかねない」として、国に対して「手話を第一言語とする当事者の団体との間で、時代に即した障害者という語句及び手話表現の在り方を丁寧に議論し、その在り方や考え、取組を広く国内に普及されること」を求めた。

(※)「手話言語における適切かつ時代に即した表現の在り方の議論と普及を求める意見書」

寺田市議「我々は心を動かされた」
寺田市議「我々は心を動かされた」

元京都市会議長の寺田一博市議は、「ホワイトハンドコーラスNIPPONの皆さん方の素晴らしいパフォーマンスをみて我々は心を動かされた」と述べてこう続けた。

「京都では1878年(明治11年)に日本で初めて盲・聾教育を行う『京都盲唖院』が開設されました。2016年に京都市が制定した手話言語条例には『手話はろう者のいのちとされる』と書かれています。その流れの中で、我々も思いを共有するだけでなく、国にも考えてほしいという思いで意見書をつくりました」

『障害』という日本語自体が間違っている

議場で「私たちは壊れた人ではない」と訴えた西村さんは、「ホワイトハンドコーラスの中で、今一番話題となっていた障害者の手話表現でしたが、『障害』という日本語自体が間違っていると考えるようになった」という。

「京都市会議員の皆様も気付いて意見書を書いてくださったのではないでしょうか。これからいろいろな個性を持った人々が協力し合って、障害者の手話表現だけでなく、日本語を変えてバリアがない世界につなげたいと思います」

「バリアがない世界につなげたい」
「バリアがない世界につなげたい」

またホワイトハンドコーラスNIPPON京都チームの中坂文香代表は、「この度の国への意見書提出は、子どもたちのパフォーマンスの表現力、自らの言葉で語る真摯なメッセージが議員の方々の心に届いたということだと思います。音楽を通じて仲間になった子どもたちの間にはなんの障壁もありません。子どもたちこそが私たちの願う未来そのものだということを深く感じています」と語った。

京都が目指すインクルーシブなまち

京都市の松井孝治市長は「障害者という言葉への問題提起は画期的だと思います」と語る。

「私はかつて鳩山内閣の官房副長官として、2009年、第174回国会の所信表明を手がけましたが、障害者ではなくチャレンジドという言葉を使いました。ホワイトハンドコーラスNIPPONの議場での意見表明を受けて、議会の全党派で議案を提出し日本で初めての意見書となりました。ぜひ国会議員が超党派で受け止めて、議連を作り議論して頂きたいですね」

「問題提起は画期的だ」と語る松井市長
「問題提起は画期的だ」と語る松井市長

京都市では2025年までのまちづくりを描いた基本構想・基本計画があるが、松井市長は2025年以降に向けて見直し新しい総合計画をつくる考えだ。

「京都がどういうまちを目指すのかという基本構想を作る際には、まずインクルーシブ社会をどう構築するのかが重要で、やはり京都は先導者でなければいけないという自負が我々、京都市民にはあります。どんな社会を構築しそれに対してどのような政策に取り組むのか、全庁をあげて基本から立ち返って考えなければいけないと思っています」

子どもたちの手歌と歌声が京都を動かし、そして国が変わる。
(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。