自分や組織が持っているアンコンシャス・バイアス~無意識の思い込みや偏見に、日常の様々な場面を取り入れたカードゲームで気付いていく。そんな新人研修を行った日立グループを取材した。

「“あなた”には共に暮らす“パートナー”がいます」

「この人カミングアウトできていないんじゃない?」
「パートナーは女性かな」
「結婚していたら間違いなくAだな」

日立グループでは5月、2024年入社した社員ら約400人を対象に、アンコンシャス・バイアスの重要性を認識する研修を行った。その際に使われたのがDEI(※)ゲームと呼ばれる手法だ。

DEIゲームはカードゲーム型の教育コンテンツで、参加者はカードが示す日常の場面や立場を疑似体験することで、自分の中にあるアンコンシャス・バイアスに気付き、組織や社会がお互いを認め合えるように何をするべきなのかを考える。

(※DEI=ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)

日立グループはアンコンシャス・バイアスに気付く研修を行った
日立グループはアンコンシャス・バイアスに気付く研修を行った
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「“あなた”には共に暮らす“パートナー”がいます。」

4~5人の各グループに、こうした場面を設定された「イベントカード」が示された。そしてそのカードには「“人事担当者”から緊急連絡先を提出するよう求められたら、誰の連絡先を記入するか」という問いと4つの回答が用意されている。

さらに人物の設定を表す「プロフィールカード」にはジェンダーアイデンティティ、セクシャルアイデンティティとカミングアウト状況が示されている。

「結婚しているか」「カミングアウトしているか」

グループのメンバーは、“あなた”の立場に立って、ディスカッションする。

あるグループでは、「法定婚をしているかどうかで回答が変わるな。同性だったらどうかな」「カミングアウトしているのかどうか。カミングアウトしていないときに実母とパートナーが病院で鉢合わせしたらどうする」「同意書に署名できる立場かどうかで変わる」と様々な意見が飛び交った。

そしてディスカッションが終了すると、各グループからどのような議論が行われたか発表された。

グループごとにディスカッションを行う
グループごとにディスカッションを行う

当日はほかにも「同居するパートナーと小学生の子どもがいて、所属する部署が懇親会を行う時どのような時間帯や場所、形式(対面かリモートか)を希望するか」といった場面を表す「イベントカード」も用意された。

「イベントカード」は全部で16種類。さらに「プロフィールカード」は全部で68種類あり、組み合わせはなんと千通りを超える。

「“女性に優しい”の女性って誰のこと?」

このDEIゲームを開発したのは日立コンサルティングの山本美海さんだ。

山本さんは2022年、新規事業を検討するワーキンググループにいた際、上司から「女性ならではの視点で女性に優しいサービスのアイデアを出してほしい」と言われたときに、「“女性に優しい”の女性って誰のこと?」と思いその上司に言ったという。

そして「ジェンダーなど属性に対する固定観念があることが問題で、それを解決できるものを作りたい」と思ったのがDEIゲームを開発するきっかけになった。

DEIゲームを開発した日立コンサルティングの山本美海さん
DEIゲームを開発した日立コンサルティングの山本美海さん

DEIゲームを使った研修会は、2022年から始まって取材当日を含めて30回行われており、のべで557人が参加した。

参加者の中には最初は恐る恐る参加する人もいたという。山本さんは言う。

「そういう方からも『様々な考え方があることを自分も意識しないといけないと思いました』といった前向きな反応を頂いています。また若手の方から『上司役をやってみて、部下に配慮することの難しさがわかった』といった感想もあります。視点の入れ替えができたのは、まさにこのゲームの狙いです」

「無意識にやらないように気を付けないと」

取材当日、参加者に研修会の気付きや感想を聞いてみると、ある参加者は「自分の中で勝手に抱いていたバイアスみたいなものが見つかってきたかなと思いました。たぶん一昔前だったらこうした研修はなかったので、最近様々なことを配慮しなければいけないし、配慮してもらえるという安心感を職場に広げる雰囲気づくりとして重要なことだったと思います」と語った。

研修対象は今年入社した社員ら約400人
研修対象は今年入社した社員ら約400人

また他の参加者からは「一見普通のご夫婦でも性的自認が違ったり、様々なことを言いづらくて隠している人もいるかもしれない。日常の雑談の中で『お付き合いしている人がいるらしいよ』という一言も、アウティングの最初の一歩になってしまっているかもしれない。自分でも無意識にやらないように気を付けないといけないなと思いました」との意見があった。

体験者は「最近言動が変わった」と言われる

これを受けて山本さんに「若い世代は感性が違いますね」と筆者が伝えると、「管理職以上と比べて、特にプロフィールカードを見た時の理解がとても早いんですね」と笑った。

「若手が対象の回では『知り合いにこういう人がいる』と自然と語りますが、管理職以上の回では『出会ったことがないです。私の身の回りにはいません』と言う方もいます。研修会ではアンコンシャス・バイアスの存在を理解するところで止まるのではなく、日常の場面でも活かしていきたいです。実際DEIゲームを経験した人は『最近言動が変わった』と言われるという話も聞きます」

「日常の場面でも活かしていきたい」
「日常の場面でも活かしていきたい」

DEIゲームは今後どのような展開を考えているのか?山本さんはこう語る。

「アンコンシャス・バイアスはジェンダーやセクシュアリティに限ったことではありません。属性によって選択肢が狭まる問題は、障がいや国籍でもあります。今後はほかのテーマを取り上げる方向でのコンテンツ拡張や、より気軽に参加頂けるようにするためのサービス展開、学校などさらに若い世代のおかれている環境を想定したパターンの検討など、どんな人も自分が望む選択肢を取れる社会づくりに貢献する活動を続けていきたいです」

(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)
(写真提供:株式会社日立コンサルティング)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。