発がん性が指摘されている化学物質・PFOAを高濃度に含んだ水が、静岡市のポンプ場から海に放出されている。隣接する化学工場の影響だ。2023年に国の暫定目標値の240倍が検出され市が対策をとったが、2024年3月には調査開始以降最高の420倍が検出された。
工場周辺で相次ぐ高濃度検出
この記事の画像(17枚)高濃度の発がん性物質・PFOAが検出されているのは、静岡市清水区にある市の三保雨水ポンプ場だ。周辺の雨水を地下の配管を通じて集め、毎日1万トンを海に放出している。
2023年秋、このポンプ場の海への排水からWHO(世界保健機関)が発がん性を指摘するPFOAが11,000ng/Lの濃度で検出された。国が「健康に悪影響が生じない」とする水準、暫定目標値50ng/Lの220倍だ。静岡市の難波喬司 市長は「海に入ると薄められるものの、(市のポンプ場から)高濃度の排水を出しているのは大問題」として対策に乗り出した。
原因はポンプ場に隣接する三井・ケマーズフロロプロダクツ清水工場にある。PFOAを2013年まで48年間使っていたからだ。
PFOAは人工的に作られた有機フッ素化合物PFASの一種で、水や油をはじき熱に強いためフライパンのコーティング(テフロン加工)や食品パッケージに使われてきた。
1990年代にアメリカの化学メーカー「デュポン」の工場周辺で住民に健康被害が出て注目されはじめ、現在、日本では製造や輸入が禁止されている。ケマーズはデュポンがテフロン部門を切り離して作った会社だ。
静岡市では2023年秋に工場周辺の水路や井戸からPFOAが目標値の26~54倍で検出されたため、追加調査をしたところ三保雨水ポンプ場で220倍(11,000ng/L)と桁違いの高濃度が検出された。
さらに、ポンプ場につながる地下の雨水排水管を調べたところ、工場敷地直下の管から目標値の500倍(25,000ng/L)が検出された。工場敷地内の西側で、PFOAを使っていた場所の近くだ。市は「排水管に亀裂があり、PFOAを含んだ工場からの地下水が入り込んだ」とみている。
対策を行うも濃度は最高更新
市は三井・ケマーズフロロプロダクツを協議し、ポンプ場に活性炭を使った除去装置を設置したほか、濃度が高かった西側の雨水排水管の補修などの対策を行った。
除去装置は1メートル四方の鉄製の水槽4つに活性炭をいれたもので、西側の雨水排水管の補修は2024年3月中旬までに完了している。
ただ、ポンプ場排水のPFOA濃度は依然として高い。
2024年1月から4月に市が実施した23回の調査のうち、4,000ng/L(目標値80倍)以上が18回で、そのうち10,000ng/L(目標値200倍)以上が4回あった。
最高は21,000 ng/L(目標値420倍)で、西側排水管の補修工事を終えた後の3月27日に検出された。これまで市が測定した中で最も高い濃度だ。
また、活性炭槽の通過前後の濃度を比較して効果を調べたが10,000ng/Lが9,000ng/Lになる程度で、調査日によっては濃度がまったく変わらなかったり、逆に通過後に高くなったりするケースもあり、市は3月下旬に活性炭槽を撤去した。
放射性物質除去に取り組む企業が…
静岡市は新たな対策に乗り出した。
ひとつは活性炭除去装置の改善だ。三井・ケマーズフロロプロダクツが清水工場内で浄化実績を確認した「活性炭塔」1基を三保ポンプ場に移設し、5月から本格稼働する。そして、7月にさらに1基を増設する。
とはいえ、2基の処理能力をあわせても1日100トンで、ポンプ場の1日の排水量1万トンの100分の1に過ぎない。
このため、山梨県の企業が提案した実証実験も始める。
市によると、この企業は漁業で魚を処理した際に出る血を凝固させて除去する技術があり、これまで福島県でセシウムなど放射性物質を取り除く実証実験もしている。2024年4月に「除去の技術があり、まずは検証実験をしたい」と企業から要望があったそうだ。
ポンプ場の水をポリタンクで企業の研究所に運び、特殊な薬剤を使ってPFOAの除去効果を調べたところ、5,300ng/Lから3,600ng/Lと約3割の低減効果があったという。
この企業は国際特許をもつ加圧浮上分離装置を持っている。この装置を使って水中に泡を発生させ、PFOAが泡について浮上してきたところを薬剤で凝固すれば「暫定目標値(50ng/L)以下まで除去できる可能性がある」としている。
福島県で使っていた加圧浮上分離装置をポンプ場に運び、7月頃から2~3カ月間の実証実験を行う。1日の処理量は約200トンだ。
静岡市の難波市長は「量が非常に多いので、ろ過装置ではおそらく十分効かないだろうと思っている。(PFOAが)流入するところ、工場の中の地下水が雨水管に入っていくところを止めないと、なかなか濃度は下がらないと思うので、雨水排水管の補修とろ過装置の両面の対応が必要」と話す。
市は工場東側の雨水排水管についても調査をしていて、補修方法を検討中だ。
元従業員や住民が市民団体発足
こうした中、工場の元従業員や周辺住民が市民団体を発足させ、静岡市で5月18日に設立総会が開かれた。
市民団体は専門家を招いての勉強会を開催するほか、PFOA問題に対する迅速な対応や希望する周辺住民を対象にした血液検査などを市や工場に求めていく方針で、弁護士や医師も参加している。
共同代表を務める鈴木孝雄さん(77)は清水工場の元従業員だ。
鈴木さんは高校卒業後に入社して13年間PFOAを扱う仕事をしていた。フライパンのテフロン加工で知られる「テフロン」を製造する仕事で、手袋やマスクをせず素手で粉状のPFOAを扱っていたという。2021年に舌がんになったが、PFOAとの因果関係はわからない。
三井・ケマーズフロロプロダクツは2024年2月に元従業員などを対象に血液検査を実施し、鈴木さんの血漿からは29.7ng/mlのPFOAが検出された。
日本人の全国平均値の約15倍で、アメリカの学術機関が「健康リスクがある」とする指標値20ng/mlも上回っている。中には指標値の約2.5倍の元従業員もいた。
鈴木さんは退職してから40年余り経っているが高濃度だった。血液検査について鈴木さんは「ただ検査をして自分の数値が危ないのか危なくないのかわからないままで終わってしまうのでは何の意味もない」として、従業員の血液検査の結果と業務内容との関連を分析して公表するなど、会社に対し誠意ある対応を求めている。
市民団体の発足にあたり、鈴木さんは「住民の健康が害されていないか、ちゃんと調べてもらうことを進めていきたい。生まれてくる子供たちのためにも早く対策をとって安心して過ごせる町にしたい」と、設立の目的を話す。
今後は大阪府や愛知県などでPFOA問題に取り組んでいる団体とも連携していく予定だ。
(テレビ静岡)