長年、世界のトップ戦線を走り続けたフィギュアスケート・宇野昌磨(26)が引退を発表した。

5月14日に都内で行った現役引退会見で、宇野は競技会への「未練はない」と言い切った。

オリンピック2大会連続のメダル、世界選手権2連覇。5歳でフィギュアスケートをはじめてから、スケート人生21年。

世界のトップまでのぼり詰めた宇野を追う。

「すごく前向きな気持ちで悲しさはない」

「この度、私は現役スポーツ選手を引退することになりました。

今日まで応援してくださった皆さん本当に感謝していますし、今後もスケートをプロとして、ですけど、スケートという道を続けていくことに変わりはないので、引き続き応援してくれるとうれしいと思います。

みなさん、ありがとうございました」

引退会見の冒頭でこう話した宇野の姿は晴れやかだった。

5月14日に行われた引退会見
5月14日に行われた引退会見
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宇野が引退を表明したのは会見の5日前の5月9日。

自身のインスタグラムで報告すると、その反響は大きかったようだ。

「たくさんのメッセージ、本当にありがたく受け取っていますし、僕も引退という場をあまり悲しいというよりも、すごく前向きな気持ちで、そしてまだまだスケートを続けていくという意味でも全然悲しい気持ちはない。

もちろん悲しいと思っていただける方のその声もうれしいなと思いますが、『次に向かってまたスケートも頑張ります』という気持ちを込めての発表でもありますので、今後とも楽しく応援してほしいなと思います」

浅田真央の誘いから世界の頂点まで

輝かしい成績を残した21年間の現役生活。

愛知県出身の宇野は、5歳からフィギュアスケートを始めた。

きっかけは名古屋スケートセンターでスケート教室に参加したことだ。

浅田真央さんに誘われてフィギュアスケートをはじめた宇野
浅田真央さんに誘われてフィギュアスケートをはじめた宇野

偶然居合わせた浅田真央さんから「一緒にフィギュアスケートやろうよ」と声を掛けられたことがきっかけで、この道を選んだ。

山田満知子コーチとノービス時代の宇野
山田満知子コーチとノービス時代の宇野

それから浅田さんと同じ山田満知子コーチに師事。

ノービス時代の宇野(2009年)
ノービス時代の宇野(2009年)

2009年、2010年と全日本ノービス選手権で2連覇するなど、ジュニアの大会でも結果を残し続ける。

2009年、全日本ジュニアで表彰台にのぼった宇野
2009年、全日本ジュニアで表彰台にのぼった宇野

2014年に全日本ジュニアで初優勝すると、世界の舞台でも強さを見せ、同年、ジュニアグランプリファイナルで優勝を果たす。

これは、小塚崇彦さん、羽生結弦さんに次ぐ日本男子3人目の優勝で、宇野は当時のジュニア歴代最高得点を叩きだした。

2015年、世界ジュニアで日本男子5人目の優勝を飾った宇野
2015年、世界ジュニアで日本男子5人目の優勝を飾った宇野

続く、2015年の世界ジュニアでは日本男子5人目の優勝を飾った。

2015-2016シーズンにシニアに転向すると、この年の最終戦となった国際競技会で、ショートで史上初4回転フリップを成功させ、ギネス記録に名を刻んだ。

シニア2年目、2016-17シーズンの宇野
シニア2年目、2016-17シーズンの宇野

シニア2年目となった2016年には、全日本選手権で初優勝。

2017年の世界選手権では初の表彰台にのぼり、銀メダルを獲得。

そして、自身初の五輪代表となった2018年の平昌五輪は、銀メダルを獲得した。

世界を2連覇、全日本を6度優勝

2019年には15年近く師事していた山田コーチ、樋口美穂子コーチのもとを離れ、独り立ちする。

コーチ不在の期間を経て、2005年、2006年の世界選手権王者、ステファン・ランビエールと出会い、コーチを依頼する。

ステファン・ランビエールコーチから指導を受ける宇野
ステファン・ランビエールコーチから指導を受ける宇野

さらに磨きをかけたその才能と「もっと、うまくなりてぇ!」という向上心で、宇野は2度目のオリンピックに出場。

2022年の北京五輪では個人で銅メダル、団体で銀メダルを獲得した。

2023年には世界選手権で2連覇を果たした
2023年には世界選手権で2連覇を果たした

それから宇野は、2022年の世界選手権で初優勝すると続く2023年、日本開催の世界選手権でも優勝し、日本男子史上初の2連覇を成し遂げた。

五輪2大会連続のメダル、シニアに転向してから新型コロナウイルスで中止となった大会以外、合計8大会出場し続けた世界選手権は2連覇。

6度目の優勝を果たした2023年の全日本選手権
6度目の優勝を果たした2023年の全日本選手権

ジュニア時代から13年連続で出場してきた全日本選手権は、4連覇を含む6度の優勝を果たしている。

そんなレジェンドが引退を決めたことで、フィギュアスケート界はまた一つの分岐点を迎えることになった。

自身の実績を振り返って宇野は会見でこう語っている。

リラックスして引退会見に臨んだ宇野
リラックスして引退会見に臨んだ宇野

「まさか僕がこういった選手になれるとは思っていなかった。人前でこうやってしゃべれる人間になれるとも思っていなかったので、本当にフィギュアスケートと出会えてすごく感謝とともに、驚きのことばかりです。

テレビで見ていたオリンピックの舞台や、そこでいい成績を残せるとは思っていませんでしたし、世界選手権で優勝する選手になれるとは、この3、4年前まで思っていなかった。このフィギュアスケートとの出会いは、すごく深いものだなと思います」

浅田真央とリンクで滑る幼い頃の宇野
浅田真央とリンクで滑る幼い頃の宇野

これからフィギュアスケートやスポーツを始めたい子どもたちに向けて、自身の経験を振り返り、子どもたちの「憧れの存在」となっていることに「逆にどの部分に憧れてくださったのか知りたい」と話した。

「僕も真央ちゃんに憧れてスケートを始めたので、小さいときは特にスケートの魅力や何かの魅力よりも、『こういう憧れの選手になりたい、だから同じスポーツをしたい』ほうが多いと思うので、でもすごいですね。僕がその立場になれるってすごく感慨深いことですね」

一番印象に残る試合は2022年の大会

引退会見で「競技生活で一番、印象に残っている試合」について聞かれると、数多くの大会に出場してきた宇野は、こう答え、コーチとの絆の強さをうかがわせた。

宇野が一番印象に残る試合は2022年に初優勝した世界選手権
宇野が一番印象に残る試合は2022年に初優勝した世界選手権

「やっぱり世界選手権で初めて優勝した後(2022年)のステファンが喜んでいる姿は、すごく自分にとっても記憶に残る思い出かな」

「僕はもともとすごく“どうしてもしてやるぞ”という強い気持ちで競技をやってきたというよりも、毎日ベストを尽くす、そして目の前の試合を一番いいものにする、という気持ちでやってきた。

それがこの世界選手権の1回優勝したときに、もちろん引き続き頑張る気持ちは変わらなかったですが、ゆづくんの引退だったり、ネイサンの休養もあり、ずっとともに戦ってきた仲間たちの引退を聞いて、すごく寂しい気持ちと、なんか取り残されてしまったという気持ちもありました。そういったところから、自分も考えるようになったかなと思います」

ランビエールコーチと笑顔でメダルを掲げる宇野(2022年世界選手権)
ランビエールコーチと笑顔でメダルを掲げる宇野(2022年世界選手権)

2年後のミラノコルティナダンペッツオ五輪でのメダルも大いに期待されていた宇野。

競技会から離れることへの「未練」について聞かれた宇野は「正直、全くない」と言い切った。

「その未練というところに関してなんですけど、正直全くないです。自分としてはすごくこれからまた自由にスケートをやれることのうれしさとともに、昔の映像とか振り返ってみても本当によく頑張ったなって。

ここまで毎日同じことを磨き上げられるって、自分のことなのであまり褒めちぎりたくはないですけど、本当に素晴らしいことを成し遂げることができたなと僕は思っています」

5月14日に行われた宇野の引退会見
5月14日に行われた宇野の引退会見

そして宇野は引退を決めた時期について「考え始めたのは2年前くらい」と語った。

「ただ、そこから自分が引退する姿がなかなか想像できない中で、もちろん全力でスケートを取り組んできたんですけど、それからいろんな経験をして今に至るという感じではあります。

ただコーチに伝えた時期に関しては、去年の全日本が終わったタイミングでステファンコーチに、“この次の大会で現役を引退しよう”と伝えさせていただきました」

宇野は引退を考えていたのは「2年前くらい」と話していたが、2024年の世界選手権を前に、宇野はその思いを吐露していた。

フィギュアスケート取材班
フィギュアスケート取材班